FC2ブログ

記事一覧

小松原館 ~紀南最大勢力湯川氏の居館~

吉原坊舎から再び御坊市へ。
亀山の南東麓、現在紀央館高校と湯川中学校がある一帯が小松原館の跡地となります。
館域の一角にある湯川子安神社へ、一通の道路に阻まれたりしつつも大回りをして到着。



PA080121sa.jpg
湯川子安神社

紀央館高校の東隣に鎮座し、館域の南東角に位置していると思われます。
毎度のごとくわずかな日陰を求めての駐車。



PA080124.jpg
立派な石碑は◎



PA080142_20160807013035148.jpg PA080145.jpg
逆光に苦労しつつ撮影。
この地は中世亀山城主湯川氏の居館の跡になります。

湯川氏は熊野の山中から起こった国人領主で、戦国時代には日高平野一帯を支配下に収め紀伊守護をも凌ぐ勢力となり、紀南最大の政治権力へと成長しました。本城は亀山山頂に築かれた亀山城でしたが、時の城主・湯川直光が「亀山城は寒風の吹く季節は住み難い」との理由から、天文18年(1549)頃亀山の山麓に平時の居館として構えたのが小松原館です。のちの天正13年(1585)、湯川直春は羽柴秀吉の紀州征伐に従わなかったため、秀吉の大軍に亀山城は攻められ、自ら城を焼き敗走したと伝わります。



PA080129.jpg
堀跡



PA080140.jpg
堀跡

入口から向かって右手側(東側)は水がありましたが、左手側はこの通り空堀になっています。先人の記録を見ると池のように全面水をたたえていますが、かなり水量が少なくなっていました。右手側で新たな建物の建設工事中であったことが影響していたのかもしれません。



PA080130_201608070130086dc.jpg
神社社殿



PA080131.jpg PA080132.jpg
参拝しておきました。



PA080136_20160807013032c08.jpg
湯川神社の樟(市指定天然記念物)

神社境内は湯川氏館小松原館)の庭園の面影を残しているとのこと。とくにこの樟は日高地方で最も大きいもので、樹齢1000年と推定されています。



=============================================
所在:和歌山県御坊市湯川町小松原
評価:★☆

神社内に残る堀がかつての館の堀跡とされます。それ以外には特に遺構はありませんが、現在の高校・中学の敷地を含めるとかなり大規模な居館であったことがうかがえます。さすがは紀伊守護をも凌ぐ勢力となった湯川氏の居館といったところでしょうか。
=============================================
関連記事

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

カテゴリ

プロフィール

KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

フリーエリア

Twitter

スポンサーリンク

カレンダー

04 | 2020/05 | 06
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -

メールフォーム

お問い合わせはこちらからどうぞ

名前:
メール:
件名:
本文: