FC2ブログ

記事一覧

勝山城 ~安宅本城の南の守り~

日置川に架かる安宅橋の東詰に、安宅荘の史跡について記された案内板が設置されています。



PA070542ss.jpg
安宅荘を歩く

案内板によると、現在地の南方の山上に勝山城が築かれていたことが記されています。勝山城の名は全国的にありふれているため、地名や城主名をとって日置勝山城安宅勝山城とも呼ばれています。



PA070536.jpg
安宅橋上から南方の眺め

日置川東岸の山上に築かれており、安宅本城の支城であるとともに、日置川と安宅川の合流地点にあったとされる「安宅の湊」を監視する役割も果たしていたといいます。
大永6年(1526)から起こった、安宅家12代実俊の子安定丸とおじの治部太夫定俊の家督争いの内紛では、安定丸が勝山城に、定俊が八幡山城に立て籠もったとされます。



PA070544s.jpg
橋を渡ったところから

前方山塊の右側のピーク(国土地理院地形図に212.8mと記されている部分)が勝山城の主郭であるとのこと。大野城と同様安宅本城を守る支城群の一つですが、大野城と異なり、こちらは比高200m超えの本格的な山城です。



=============================================
所在:和歌山県西牟婁郡白浜町安宅
評価:

遠景を眺めたのみ。先人の記録を見ると、登り口が個人宅の裏だったり、駐車場所の問題だったりと登る以前にクリアしなければならないことが多そうな感じですが、未整備ながらも上まで登るルートは存在しており、土塁や竪堀、五重堀切などの遺構が残っているようです。
=============================================
関連記事

コメント

No title

 私は旧・日置川町(現・白浜町)出身の自称・城郭研究家の者です。
 この勝山城は土塁(一部石塁)囲みの曲輪や、石積みの五重堀切が残るなど、小規模ながらも全行的に見ても珍しい縄張りの山城です。
 もうかなり昔の事ですが、今は大学教授をされている樹友にこの城の事を話したところ、「ほんとうかなぁ…」と言う目で見られて、信用してもらえなかったほどです。それほど凄い縄張りの山城ですので、次回は是非とも訪城して頂きたいものです。

Re: No title

>H口K弐(J談会)さま

はじめまして。訪問並びにコメントありがとうございます。
現地ではこの城の情報を持っておらず、遺構についても後日調べて初めて知ったのですが、やはり多くの遺構が残っているのですね。
私は基本的に一度登城したところには極力再登城しない主義をとっているのですが、勝山城はまだ未登城扱いなので、いつかチャレンジしてみたいです。五重堀切はぜひこの目で確認してみたいですね。

コメントの投稿

非公開コメント

カテゴリ

プロフィール

KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

フリーエリア

Twitter

スポンサーリンク

カレンダー

10 | 2019/11 | 12
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

メールフォーム

お問い合わせはこちらからどうぞ

名前:
メール:
件名:
本文: