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橋杭岩

熊野那智大社を出発し、再び那智勝浦新宮道路を経由して本州最南端の町・串本町へ。
左手に青く光り輝く熊野灘を眺めながら快走すると、前方に奇妙な景観が現れます。
ちょうど道の駅があったので立ち寄り。



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橋杭岩

串本から大島に向かい、約850mの列を成して大小40余りの岩柱がそそり立っています。海の浸食により岩の硬い部分だけが残り、あたかも橋の杭だけが立っているように見えるこの奇岩には、その昔、弘法大師と天の邪鬼が賭をして、一夜にして立てたという伝説も伝わっています。吉野熊野国立公園地域にあり、国の天然記念物に指定されています。 (串本町HP参照)





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道の駅「くしもと橋杭岩」

近年開設された道の駅で、各種施設が内包されています。



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橋杭の立岩伝説

昔弘法大師が天の邪鬼と串本から沖合いの島まで橋をかけることが出来るか否かの賭けを行った。弘法大師が橋の杭をほとんど作り終えたところで天の邪鬼はこのままでは賭けに負けてしまうと思い、ニワトリの鳴きまねをして弘法大師にもう朝が来たと勘違いさせた。弘法大師は諦めて作りかけでその場を去った。そのため橋の杭のみが残ったという。


地質

橋杭岩は、1500万年前の火成活動により、泥岩層の間に流紋岩が貫入したものである。貫入後に差別侵食により、柔らかい泥岩部が速く侵食され、硬い石英斑岩が杭状に残されたものである。
(wiki参照)




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一直線に並んだ岩、まさに奇勝。
道の駅内の観光センターにあったパンフのイラストで分かりやすく紹介されています。



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ここで軽昼食休憩。おにぎりを食べながらイラストと岩を照合。
イラストにちらほら出没している海坊主が味がありすぎのデザインで好き。



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海辺へ



動画その①



このときは潮が満ちている時間帯でしたが、干潮時には岩の列中ほどに附属する弁天島まで歩いて渡ることができるということです。



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巨岩がゴロゴロ

橋杭岩から遠い岩塊ほど小さくなることから、大津波によって運搬されたと考えられています。

橋杭岩に転がっている岩の中には、岩のそそり立つところからかなり遠くにまで転がっているものもある。これらの岩は宝永地震で起こった大きな津波によってそこまで転がったのではないかという調査結果が出ている。その証左として、元々湿ったところを好む植物・生物が死滅し、化石になったものが表面上に残っており、それらを調査したところ、宝永地震の起こった1700年代であることが明らかになっている。また、橋杭岩に散らばっている岩が動くのには秒速4メートル以上の速い流れ(流速)が必要とされ、これもこの地域で頻繁に襲来する台風から起こる波や同じく震源域に近い東南海が震源の単独地震を想定して計算された流速ではなく、東海・東南海・南海地震の連動型であった宝永地震を想定して計算された流速と一致している。 (wiki参照)




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左から海老島・コボレ岩・折岩

波が高い



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蛭子島・平岩



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ハサミ岩・ボオズ岩・大オガミ岩・小オガミ岩・ビシャゴ岩 などなど
(名称はパンフレットイラストより)



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全景

といっても、一番奥に見える弁天島の向こうにもさらに半分ほど岩が続いているので、これは半景かな。



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道の駅内にもいろいろ展示があります。
『海難1890』(2015年製作)は日本とトルコの友好125周年を記念して制作された映画で、1890年に起きたエルトゥールル号遭難事件と、1985年のイラン・イラク戦争勃発時に、テヘランに取り残された日本人の救援のため、トルコ政府が救援機を飛ばして救出した出来事の顛末を描いた作品。エルトゥールル号遭難事件はまさにここ串本町が実際の舞台となっており、撮影も串本町で行われました。詳細はリンク先参照。学校の教材にもなっているのでご存知の方も多いでしょう。

2階は南紀熊野ジオパークに関する展示室。平成26年8月28日に日本ジオパークに認定されました。まさに訪問日のひと月ちょっと前で、認定ほやほやの時期。

2階にはテラスもあり、高い位置から橋杭岩を眺めることができます。あまり利用している人がいませんでしたが、ここからの眺めもおすすめです。



動画その② 



テラスからの眺め



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南方には大島と串本本土を結ぶくしもと大橋も見えます


引き続き、本州最南端の地へ
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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