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那智山 青岸渡寺

那智の滝を見終わり、入口の鳥居の外までダッシュで戻ったところが現在地。



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那智山案内図

山上までは一登り必要のようです。
暑くてたまらんので、先にさっきの駐車場のお店に立ち寄っておきます。



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名物らしい黒飴ソフト

駐車場でもらった割引券を使っても大して割り引かれなかったことに軽く戦慄を覚えるも、ソフトクリーム自体はおいしかったのでまあ良しとしましょう。



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店のそばのこの階段のあたりから適当に登ってみますか



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Oh, 一登りどころかガチっぽい登り death.



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暑いけれど、日陰の中の登りなのでまあ凌げる

黒飴ソフトウマー



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飛瀧神社(那智御瀧)遥拝所 「伏し拝み」

途中にある平場で、例大祭にて扇立て神事を行う聖地であるとのこと。
礎石は往古の建物跡であるようです。



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分岐。案内図によるとここでようやく下から1/3ほど登った地点。
車道をショートカットする石段ルートを選択。



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暑っつ!!

ここまでの体力消耗が10とすると、登りでの消耗は2で暑さでの消耗が8といったくらいの割合。
日陰がないのはあかんて。黒飴ソフトも食べ終わってしまったし。
やむを得ない。速歩強行術を採用します。この歩き方は疲れるからできればやりたくはないのだが、日差しの直撃を受ける時間を短縮するため、背に腹は代えられない。



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競歩選手もびっくりの超速移動で三重塔に到着。wikiによるとこの三重塔は1581年に戦国領主や社家の対立にもとづく戦乱によって焼失したが、1972年に現在のものが再建されているとのこと。中に入ろうとしたが300円かかるようなのでやめた。



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少し上ったところから。バックに那智の滝を望むこの光景、まさにベストスポット。
合成写真のように見えるほど見事。
この光景を見るためだけでもここまで登ってくる価値はあります。



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山上の駐車場。ここまで車で登ってこれればものすごい楽です。無料でここまで来られるとしたら怒り心頭になるところですが、実際はここまで登ってくる道が有料道路になっていて、入口のゲートで通行料を徴収される仕組みになっています(駐車料は無料)。通行料は800円ですが、麓の駐車場で500円られるくらいならここまで登ってくるほうが断然経済的と思います。
さすがにこれだけ暑いと皆日陰に停めたがるよな・・・



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いよいよ主要部に到着です。
こんな山の上なのに、寺社が地形を無視して連なっている様子は一種壮観。



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西国一番札所

平清盛公 熊野那智に参詣

平家の宰相・清盛公は、熊野那智に対する信仰深く、とりわけ如意輪観世音の霊力を願い時に永暦元年(1163)後白河法皇を那智に迎え初度参拝の折、その行列の伴として一族をひきつれ共に参詣し、如意輪の滝と云われる二の滝に於いて開運招福を願ったということである。




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ここからさらに山に向かって熊野古道は続いています。



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鐘楼・大黒天堂入口



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大黒天堂(如法堂)

中まで入ることもできます。無料。



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花山法皇西国順礼の旅

花山上皇(968~1008)は在位わずかにして一條天皇に御譲位なされ深く観音力を信じられ那智の山に籠って修行せられること3ヶ年、更に広く大慈大悲を求めて那智観音を第1番として西国三十三ヶ所へ、当山の弁阿上人等を先達として巡礼の旅に出られた。世に花山法皇を西国巡礼の祖とあがめ、今なおその心の旅につづけられているのである。




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宝篋印塔(国重文)

元亨二年(1322年)の銘があります。



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多くの観光客が写真を撮っている見晴らしのいい場所。

奥には那智の滝。



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滝を拡大

本当に素晴らしい眺めです。古来よりこの地が聖地とされたことも納得。



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看板と景色を一緒に撮りたかったが、観光客が途切れないので看板部分だけ



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いよいよ本堂・・・



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・・・の前に、清浄水

延命の水であるという。水源は那智の滝。

とりあえず飲んどく。



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世界遺産の碑が輝かしい



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西国三十三所第一番札所 那智山 青岸渡寺

補陀洛や岸うつ波は三熊野の那智の御山にひゞく滝津瀬

当山は仁徳帝の頃(313~399)、印度より裸形上人が熊野の浦に漂着、現在の堂の地に庵を結んだのに始まると伝えられている。その後、推古帝(593~628)の時大和より生仏上人が来山し、玉椿の大木をもって、現在の本尊(御丈約4m)を彫り、裸形上人感得の観世音菩薩を胸仏として納め安置す。のち推古帝の勅願寺となり、那智霊場の中心として熊野信仰を育くんできた。従って御本尊如意輪観世音菩薩の霊験を受けんとして、日夜礼拝修行する者その数を知らず、又、天皇上皇の尊崇も深く、殊に平安時代、人皇六十五代花山上皇が滝の上の山中に庵を造り、3ヶ年ご修行の後、当山より西国三十三ヶ所観音霊場巡拝の旅に出られた。当時より長きに亘り巡拝の寺として親しまれている。当山は古くより那智山如意輪堂と称していたが明治の神仏分離によってその形態が変り以来青岸渡寺と称するようになった。現在の建物は天正18年、豊臣秀吉公が発願再建されたもので、桃山時代様式の建物として南紀唯一の重要文化財である。 (現地説明板参照)




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豊臣秀吉が寄進したという日本一の大鰐口は直径1.4m、重さは450kgあるとのこと。
国重文の本堂の屋根には豊臣家の家紋が掲げられています。



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花山法皇那智幽棲の図



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巡礼蟻の熊野詣の図



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見どころ満載でした。


引き続き熊野那智大社へ。
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由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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