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新宮城③ ~南紀の拠点・水運の城~

本丸以外のところも見て回ります。



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(左)本丸側から見た鐘ノ丸入口 ここに城門があったらしい
(右)鐘ノ丸内にある池



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鐘ノ丸

浅野氏の時代には二ノ丸であったといいます。昭和20年代からこの場所では旅館が経営されていましたが、のちに新宮市が全域を買収して史跡公園として整備しました。



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鐘ノ丸虎口

1段下の松ノ丸から鐘ノ丸へ登ってくるところにある枡形虎口。



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鐘ノ丸入口わきの石垣

コンクリ?



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松ノ丸からは西側登城路を経て冠木門へ降りる道と、水の手へ降りていく道とがあります。
せっかくなので水ノ手まで行ってみましょうか。



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降りていく途中本丸方面を仰ぎ見ると、見事な石垣が



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しかし暑い・・・
昇り降りよりも直射日光に焼かれるのがきつい。日陰に留まろうとすると蚊がたかってくるし・・・



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だいぶ降りてきました。
近世平山城に来ると毎回思うことですが、よくぞあれだけの場所に石垣を築いたものです。



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水ノ手

熊野川に面した水ノ手は「正保城絵図」にも描かれており、築城当初から新宮城の重要な施設として機能していたと考えられています。



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正保城絵図より



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このあたりの石積みもよく整備されています



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この水の手からは、平成6年度に行なわれた発掘調査で13棟の炭納屋群跡が発掘されました。炭納屋群には1万俵もの炭俵が収納可能であったといいます。水野氏の時代、この場所は熊野川流域の新宮炭(備長炭)を専売して江戸の市場に送り財源を得る重要な拠点であったことが認められました。



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現地説明板より

熊野川沿いの石垣は、実は地中に3m以上の深さで埋もれており、本来は高さ5mを超えるものであることが調査により判明しています。

新宮城が平成15年に国の史跡指定を受けたのは、平成6年の水ノ手における炭納屋遺構の発見がきっかけであり、それだけこのような城内での経済施設の発見は価値があるものであることを示しています。



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水ノ手

水野氏時代は石高上は3万5千石と小藩ではありましたが、水運を利用した炭や鯨油の販売により、経済的にはかなり裕福な藩でした。炭は江戸の炭消費量の3割を賄ったともいわれています。



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熊野川の流れ

川をはさんで、前日麓まで行った飯盛口城鵜殿城を眺めることができます。
写真の鉄橋は紀勢本線で、城の真下をトンネルが貫通しています。



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城の西側をぐるりと回り、スタート地点近くに帰還。かつて城山の西側下は東西32間(約58m)、南北28間(約50m)規模の二ノ丸(浅野氏時代は三ノ丸)がありました。その中心部分の跡地には現在保育園がありますが、その南面の石垣は写真のような立派なものです。そのほか城山の西側下には雑多な感じの住宅が密集し、あまり風情はありませんが(笑)、随所に石垣が見られます。城の遺構かどうかは不明。



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佐藤春夫、生育の家跡(熊野病院跡)

西側登城口付近にある説明板。佐藤春夫というとその②で丹鶴姫の伝説を引用する際にも登場しましたね。

丹鶴城

これ水野氏の丹鶴城
昔は三萬六千石
今はわが父の裏山となる

少年のわがよき遊び場
竹を切り木の枝に攀ぢ
蝶を追ひ小鳥を捕りき

本丸は茅花(つばな)ほうけて
笹原に鶯啼きぬ
蔦もみぢ石垣ゆるみ

わが友のいま二の丸に
營めるホテルあり
風光を天下に誇る

多謝すわがお城山
美をわれにむかし敎へき
柏亭は「滯船」を描き

われらが師よさのひろしは
なつかしくここに歌へり
聞けや淸きしらべを

碑(いしぶみ)に彫(ゑ)らまほしきは
「高く立ち秋の熊野の
海を見て誰ぞ淚すや
城の夕べに」

(wiki参照、原典は1956年1月29日『週刊読売』第15巻第5号)




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所在:和歌山県新宮市新宮
評価:★★★★

私的真百名城選定城郭。水ノ手も整備され遺構面も見ごたえありますが、丹鶴姫伝説も高ポイント。こういった伝説がある場所は個人的に大好きです。主要部分には昭和期の改変の跡が随所に残っていますが、それも味わい深いものです。新宮市では引き続き城の整備を行っていくようなので、今後天守建造物が復元されるような時が来るかもしれませんね。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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