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赤木城① ~行ったら戻らぬ赤木の城へ~

すっかり日も傾いてしまいましたが、ようやく本日のメイン城郭に到着。



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国指定史跡 赤木城

いや~、とんでもなく訪れにくいところですよココ。
はっきり言って大阪から東京へ行くより、大阪からここまで来ることのほうがはるかに大変なことでしょう。
紀伊半島を一周する高速道が全区間開通すればだいぶ状況も変わるのでしょうけれどね。



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駐車場やトイレも完備。駐車場の先にはすぐに城塁が始まり期待が高まります。



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由来記

赤木城の築城年代については和歌山藩が編纂した「紀伊風土記」には寛文雑記を引いて天正年間、藤堂佐渡守(のち和泉守高虎)と、羽田長門守の両人が北山代官のとき築き、罪を犯した者を赤木城の西方の田平子峠で斬首し獄門にしたと記している。また熊野市神山の倉谷家文書には、天正十六年(1588)大和大納言(豊臣秀長)の北山攻めの後、築城したとある。
藤堂佐渡守は天正十三年の紀州攻めの際北山入りし、文禄四年(1595)四国伊予三郡を与えられるまでの11年間北山付近に在居し、この間二度の北山の陣で一揆方を成敗したり北山材の切り出しを行っているのでこの頃に現在の城郭に整備したものと考えられる。
この城の特長は中世と近世の築城法を併用した平山城である南北約130mの尾根を中心にして縄張りし、主郭、南の郭、西の郭を地割し主郭の東側下の犬走りは北の付曲輪とその下方約50mの堀切に通じている。また南の郭の下には付曲輪を残しその西側には自然の谷を空堀にし防御に備えている。石垣は野面乱層積みで反がなく主郭の四隅は算木積みと横矢掛りの工法を用いている。築城当時の原形を残した城跡は全国でも少なく貴重である。
このため昭和57年4月田平子峠と共に、三重県史跡に指定され、平成元年10月9日には官報第209号の告示によって国の史跡となった。




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縄張図(現地説明板より)

築城の名手・藤堂高虎が北山一揆の鎮圧の拠点として築いた城で、中世と近世の築城法を併用した平山城ということです。確かに縄張りを見ると発達した虎口などに織豊系城郭の特徴がよく出てはいるものの、尾根を利用した郭配置など高虎の城にしては多分に中世的な要素も残されています。

ちなみに北山一揆についてはリンク先wikiのほか、この直前に訪れた田平子峠刑場跡の記事も参照。

行たら戻らぬ 赤木のお城、身の捨て処は 田平子じゃ

処罰の厳しさが歌となって残っているというのはよっぽどのことですが、私としてはこういったストーリーが残っている城のほうが訪問意欲が高まります。改めて考えてみると、縄張りが素晴らしかったり遺構が良好に残っていたとしても、ストーリー性が低い城はそそるものが少ない気がします。標柱1本のみの城でも楽しめるというのは、結局のところ感覚的なものの占める割合が私の中で多いからなのでしょう。以前にもどこかの記事で似たようなことを言った気がしますが。(→八上城の記事でした)



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むろんこの城に関しては、ストーリー性はもとより遺構面や縄張り面からも十分楽しめそうなのでなおのこと良しです(笑)



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伝鍛冶屋敷跡

発掘調査では永楽通宝や陶器などが出土しています。



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東郭・門跡

東郭は門を挟む2つの郭(東郭1・東郭2)からなっており、郭内で発掘調査は行われていないが、礎石がいくつか見られることから、建物があったと考えられています。門跡では礎石が3石残っており、間口8尺、奥行6尺の四脚の門があったと推定されています。



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東郭1付近からの主郭の眺め

なんとなくお気に入りの光景です。
ここからは南郭を隔てて西郭も眺めることができます。

この先に主郭虎口が現れますが、この部分がいきなりこの城の一番の見どころかもしれません。



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虎口平面図(現地説明板より)

これは連続外枡形と見るのか、外枡形と内枡形の組み合わせと見るのか。いずれにせよ二重枡形の主郭虎口となっており守りは厳重です。



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虎口下段

下段の虎口には防御のためか階段が見られず、梯子のようなもので登っていたと考えられています。



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虎口上段へ

上段の虎口には見栄えも考えて大きな石が使われています。復元前は石垣の崩落が著しい状態であったが、これについては廃城後に敵に利用されることを防ぐ目的で意図的に崩された可能性が考えられています。



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虎口上段から主郭門跡

門跡の先も小規模の枡形になっています。
おや、そうすると二重枡形どころか三重枡形ってことにならないか?



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主郭内へ。立派な城址碑がお出迎え。これはうれしい。



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振り返って



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振り返って

主郭枡形から東郭を眺める



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先端まで進み、二重枡形部分

往時はこれに門や塀も備わっていたでしょうから、この部分を突破するのは困難と言わざるを得ません。


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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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