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三瀬館 ~剣豪国司北畠具教の最後~

伊勢国司8代北畠具教が大河内城合戦の後に隠居所として築いた館が三瀬館です。
またの名を三瀬御所北畠館とも。



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若干遠回りしたものの無事到着。最下段には石垣が築かれていますが、どこまでが往時のものかは不明。
北畠具教の幟があり、地元として推そうという意識はあるようです。



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北畠具教の胴塚の碑

もと当区小字西村(現宮川高校敷地)に鎮座した北畠神社の神域内に祀られていたもので、北畠氏旧臣の子孫の発意により江戸初期に造立したといわれています。



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北畠具教の碑(の方向)

碑の説明板がありますが、碑そのものはありません。
いわく、北畠具教の首塚がある方向(松阪市飯高町野乃口)を指し示しているとのこと。
方向感覚が鋭い私からすると、向きが違う気もするが・・・



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館跡は複数段に分かれています。この段は山腹にまでわたって続いています。
一番上までは見ていませんが、あまり上に行き過ぎないほうが居住に適しているような気がします。



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三瀬館跡 昭和十六年県史跡指定

ここは伊勢国司八代北畠具教卿の隠棲の地である。永禄十二年(1569)具教は大河内城において北畠氏の総力を挙げて織田信長の大軍を迎え撃ったが、やがて信長の次男茶箋丸(後の織田信雄)を養子とする条件で和議を結んだ。その後具教は宮川筋において最も要衝であるここ三瀬の地に館を築いて隠居し勢威の回復を図ったが天正四年(1576)信長の指令により信雄のさしむけた刺客によって謀殺された。
館跡は鎌止山の麓斜面を改修してほぼ三段にしつらえられているが、そのどこに居住されていたかは、明らかでない。 (説明板参照)


城砦ではなく館というくらいですから要害性は低そうですが、東側の茶臼山砦、西側の八幡山・愛宕山の見張り台、さらに西面や南面は沢が流れており、すべてを連結させるとなかなかの防御力となっています。



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城址碑

ここで館主の北畠具教について。詳細はリンク先を見ていただくとして、逸話部分が興味深い。

具教は剣術を好み、修行の旅をする剣客を保護・援助していた。自身も塚原卜伝に剣を学び、奥義である一の太刀を伝授されたといわれる剣豪であり、他にも上泉信綱からも剣を学んだ。具教は、領土が隣接する柳生宗厳とは剣を通じて親交があり、上泉信綱に彼や宝蔵院胤栄を紹介するなど、剣豪たちの交流に一役買っていたといわれる。織田氏の刺客に襲撃された際も、太刀を手に19人の敵兵を斬り殺し100人に手傷を負わせたという(刀の刃が腹心の佐々木四郎左衛門尉により潰されており、抵抗できずに斬殺されたとも)。 (wiki参照)


一の太刀を伝授されていたとは、もうガチの剣豪です。その剣豪が刀を細工されて抵抗できずに斬殺されたとしたら、無念なことこの上なかったでしょうね。せめて散々抵抗して100人に手傷を負わせたという説が真実であった方が救われます。



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引き続き胴塚へ。
館の南面にある沢を渡ると、すぐたどり着きます。



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北畠具教胴塚

天正4年(1576)11月25日『三瀬の変』、織田信長の差し向けた刺客によって謀殺された、北畠具教の胴体が埋葬された塚。具教の首は家臣が、津市美杉町の多気の菩提寺に葬ろうと、宮川筋をさかのぼり馬を走らせたが、敵方の追撃も厳しく、大台町栗谷から尾放峠を越え、松阪市飯高町の野々口に埋葬された。 (説明板参照)


三瀬の変について詳細はリンク先参照のこと。「・・・具教はこれを躱して太刀で反撃しようとしたが佐々木に細工された太刀は抜くことが出来ずそのまま討ち果たされた」こちらでの説明では無念説を採用していますね。



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具教卿詠歌

花におく霜も涙や染めぬらん 昔の春をしのぶ思いに



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所在:三重県多気郡大台町上三瀬
評価:★★

遺構自体はそれほど明確ではありませんが、いろいろと印象に残った城館です。ノブヤボとかだと伊勢北畠氏は信長から見れば真っ先に制圧対象になりがちですが、実際は信長の侵攻に対しかなり粘っているんですよね。大河ドラマで信長近辺の時代を扱っても北畠氏は登場すらしないという不遇のケースが多いと感じますが、南朝の名門、もっと知名度が上がってしかるべきと思います。具教卿について詳しく知ることができたのがこの館を訪問しての一番の収穫です。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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