田丸城① ~伊勢神宮を抑える要衝~
- 2016/04/23
- 00:00
紀伊半島一周の旅2日目。
松阪市内のホテルを出発し、本日初めの目的地である田丸城へ向かいます。
玉城町役場を目指せばいいので場所は非常にわかりやすい。
玉城町役場
役場が建っているこの場所はすでに城域内。
大きく「熊野古道伊勢路出立の地 玉城」と掲示されています。
町のHPによると、この地は神宮(伊勢神宮)の鎮座とともに神領になり、倭姫命(やまとひめのみこと)に随行して皇大神宮(こうたいじんぐう)の祢宜(ねぎ)となった荒木田氏によって開拓された農業のまちということです。
車は役場の駐車場に停めさせてもらいました。駐車場から西側を見るとさっそく城の石垣を眺めることができますが、城の中枢部に向かう前にいったん役場の東側に出てみます。
役場東にはすぐ橋が架かっていますが、これは現在も残る外堀に架かる大手門橋。
写真は大手門橋から北側を眺めたもの。
大手門橋外側から南側を眺めたもの。これを見ると役場が城内にあることがはっきりと実感されます。
道を挟んだ反対側には江戸時代に勘定所があり、説明板も設置されています。
大手門跡
再び城内へ。
村山龍平記念館
大手門から入って右手にある建物。入場無料なので入ってみましょう。
展示室は2階。階段を上ると村山龍平翁の胸像と対面。
村山龍平は朝日新聞の創始者で、後の衆議院議員、貴族院議員。玉城町名誉町民第1号。
ゆかりの遺品などが展示されています。
施設は郷土資料館も併設されており、田丸城に関する展示も充実しています。撮影可であったかどうか若干不安があるので(無料だから問題ないと思うが)、念のため小さめの画像で。田丸城や奥書院の説明パンフレットも入手できるので、城を訪れる際には合わせて立ち寄ることをおすすめします。
記念館の裏手にある奥書院
田丸城内の建物は廃城後取り壊されましたが、三の丸御殿の御書院建物の一部が払い下げられ農家に移築されていました。平成3年玉城町がこれを譲り受け、再度移築復元したもの。
記念館にあった奥書院パンフ置き場に「見学希望者は職員に声掛け願います」とあったので、1階の事務室職員に話してみたところ、開錠して見学させてもらいました。「見学終了後はまた施錠するので声をかけてください」とのこと。
復元された部分は三之丸御殿内でもごく一部ですが、格式のある御書院部分ということで、さすがに立派。
(内部撮影は職員の許可を得ています)
せっかくの建物だからもっと前面に出してPRしてもよさそうな気もしますが、現状のように興味のある人だけにその都度見せるほうが建物の傷みが少なく済むのでいいのかもしれません。常時開放だと光熱費も余分にかかりますしね。
町指定有形文化財(建造物)第1号
無料で見学できてお得感ありました。
先ほど開錠してくれた女性職員に声掛けしてから、周辺の探索に向かいます。
奥書院のすぐ裏に展示されている蒸気機関車
C58414号過熱テンダー機関車というようです。私はこちら関連の話には疎いのですが、説明によると現役時代の27年間のトータルで地球を約32.5周するのに相当する距離を走ったのだとか。
記念館の北側は「お城広場」という名の芝生公園(グラウンド)になっています。
この場所にはかつて代官所があったようです。
役場の駐車場に戻ってきました。ここは同心屋敷があった場所であるようです。
背後の内堀にはハスが植えられています。
それでは城の主要部へ向かいましょう。
その②へ
松阪市内のホテルを出発し、本日初めの目的地である田丸城へ向かいます。
玉城町役場を目指せばいいので場所は非常にわかりやすい。
玉城町役場
役場が建っているこの場所はすでに城域内。
大きく「熊野古道伊勢路出立の地 玉城」と掲示されています。
町のHPによると、この地は神宮(伊勢神宮)の鎮座とともに神領になり、倭姫命(やまとひめのみこと)に随行して皇大神宮(こうたいじんぐう)の祢宜(ねぎ)となった荒木田氏によって開拓された農業のまちということです。
車は役場の駐車場に停めさせてもらいました。駐車場から西側を見るとさっそく城の石垣を眺めることができますが、城の中枢部に向かう前にいったん役場の東側に出てみます。
役場東にはすぐ橋が架かっていますが、これは現在も残る外堀に架かる大手門橋。
写真は大手門橋から北側を眺めたもの。
大手門橋外側から南側を眺めたもの。これを見ると役場が城内にあることがはっきりと実感されます。
道を挟んだ反対側には江戸時代に勘定所があり、説明板も設置されています。
大手門跡
再び城内へ。
村山龍平記念館
大手門から入って右手にある建物。入場無料なので入ってみましょう。
展示室は2階。階段を上ると村山龍平翁の胸像と対面。
村山龍平は朝日新聞の創始者で、後の衆議院議員、貴族院議員。玉城町名誉町民第1号。
ゆかりの遺品などが展示されています。
施設は郷土資料館も併設されており、田丸城に関する展示も充実しています。撮影可であったかどうか若干不安があるので(無料だから問題ないと思うが)、念のため小さめの画像で。田丸城や奥書院の説明パンフレットも入手できるので、城を訪れる際には合わせて立ち寄ることをおすすめします。
記念館の裏手にある奥書院
田丸城内の建物は廃城後取り壊されましたが、三の丸御殿の御書院建物の一部が払い下げられ農家に移築されていました。平成3年玉城町がこれを譲り受け、再度移築復元したもの。
記念館にあった奥書院パンフ置き場に「見学希望者は職員に声掛け願います」とあったので、1階の事務室職員に話してみたところ、開錠して見学させてもらいました。「見学終了後はまた施錠するので声をかけてください」とのこと。
復元された部分は三之丸御殿内でもごく一部ですが、格式のある御書院部分ということで、さすがに立派。
(内部撮影は職員の許可を得ています)
せっかくの建物だからもっと前面に出してPRしてもよさそうな気もしますが、現状のように興味のある人だけにその都度見せるほうが建物の傷みが少なく済むのでいいのかもしれません。常時開放だと光熱費も余分にかかりますしね。
町指定有形文化財(建造物)第1号
無料で見学できてお得感ありました。
先ほど開錠してくれた女性職員に声掛けしてから、周辺の探索に向かいます。
奥書院のすぐ裏に展示されている蒸気機関車
C58414号過熱テンダー機関車というようです。私はこちら関連の話には疎いのですが、説明によると現役時代の27年間のトータルで地球を約32.5周するのに相当する距離を走ったのだとか。
記念館の北側は「お城広場」という名の芝生公園(グラウンド)になっています。
この場所にはかつて代官所があったようです。
役場の駐車場に戻ってきました。ここは同心屋敷があった場所であるようです。
背後の内堀にはハスが植えられています。
それでは城の主要部へ向かいましょう。
その②へ
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