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茂別館 ~道南十二館・下之国守護の館~

国指定史跡・茂別館。道南十二館(*)の一つ。
かのコシャマインの戦いの際、道南十二館の中で花沢館とともに最後まで落城しなかった館です。

*道南十二館
志苔館宇須岸館茂別館中野館脇本館穏内館覃部館大館禰保田館原口館比石館花沢館


四稜郭から高規格道路・函館江差道(函館茂辺地道路)を使って茂辺地へ。無料で走行できるのがありがたい。この道路が江差まで開通したら移動がかなり便利になります。



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茂別館は茂辺地駅の北東、茂辺地川を渡り東側の丘陵上に築かれていました。
現在は跡地に矢不来天満宮が建っています。
駐車場はありませんが、参道入り口の路肩の広がっている部分に駐車可能。



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嘉吉3年(1443)、津軽十三湊城主・安東太郎盛季が南部氏との戦いに敗れ、蝦夷地に入って築いた館とされ、南の大館と北の小館から成っている。大館は、西は茂辺地川岸に面し、南と北は自然の沢で切られ、東は空堀を巡らしている。小館は、西は茂辺地川左岸の崖地で、他の三方は自然の沢を利用し、更に土塁を設けている。 (説明板参照)


南側の大館が主郭で、北の小館は副郭的な役割を帯びていたようです。



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社殿

コシャマインの戦い当時の館主・下国守護安東家政について。

安東家政(生没年不詳)は、室町時代の武将で蝦夷地の豪族。茂別八郎式部大輔家政と称した。安藤重季の子で安東政季の弟と伝えられる。下国家政とも。子孫は松前藩家老の下国氏。
『新羅之記録』によれば、安東氏宗家となる下国家当主であった兄政季は1456年(康正2年)、分家で秋田郡の領主であった秋田城介安東尭季(惟季)の招きに応じ、秋田小鹿島(現秋田県男鹿市)に移る際に、茂別館主の家政(下国守護)、大館館主の定季(松前守護)、花沢館館主の蠣崎季繁(上国守護)の3名を「守護」に任じたとされているが、実態は安東家政或いは定季が一人守護として統括していたとする見解(入間田他 1999)も出されている。これらの館は、道南十二館と呼ばれた蝦夷地における和人地の中心の一つであった。翌1457年(長禄元年)のコシャマインの戦いにおいては、上国の蠣崎季繁とともに館を守り通した。 (wiki参照)




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神社背後の土塁及び堀跡

神社のあるところが大館部分で、北側から東側にかけて土塁と堀が残りますが、後世の改変にかかる部分もあるようです。土塁を切り開いてつけられた道路(矢不来天満宮裏参道)を使えば車で境内まで入ってくることができました(この裏参道は大館東側の堀跡を利用しているものと思われます)。堀に沿って北側へ進めば小館側へも行けると思われますが、藪がすごいので進入はせず。社殿裏側から見た様子では、小館との間は深い堀(というか自然地形?)によって隔たれているようでした。



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茂別館のすぐ東側には「開拓使茂辺地煉瓦石製造所」があったらしく、標柱と説明板が設置されています。

開拓使茂辺地煉瓦石製造所跡

北海道開拓使は、明治5年(1872)に開拓使唯一の茂辺地煉瓦石製造所を創設しました。原料は茂辺地村の粘土と砂を使用し技術者と職工の22名で煉瓦と瓦を製造しました。初期製造(明治5年~9年)製品は、品質が悪く明治9年末で操業中止。明治11年6月、東京箱崎町に開拓使物産売捌所が造られることになり煉瓦石15万本、屋根瓦約9千枚を供給するため製造再開。東京で煉瓦石職人2名を雇入れ11月までに約20万本の煉瓦を焼き上げました。製品は良質で東京での評判も非常に良かった。開拓使は明治13年1月、1億本製造計画を立案したが計画も廃案となり明治14年1月には民間に払い下げられ生産は中止となりました。
建物では函館元町公園にある旧函館支庁書籍庫や金森洋物店等が現存しています。




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所在:北海道北斗市矢不来
評価:★★

藪のため全貌は解明できませんでしたが、川に面した要害地形や今に残る土塁から、かなり防御力の高い館であると感じました。さすがにコシャマインの戦いで最後まで陥落しなかっただけのことはあります。開拓使茂辺地煉瓦石製造所跡については、猛烈な藪で何が何やらわかりませんでした。建物跡の痕跡すらありませんでしたが、それなりの施設があったのでしょうかね。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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