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立待岬台場 ~異国船の往来を監視する~

18世紀末に幕府が蝦夷地を直轄すると、立待岬には北方警備のため異国船の往来を監視する台場が築かれました。 築かれた年代は定かではないが、寛政年間(1789~1801)とされます。



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立待の地名は、アイヌ語のヨコウシ(待ち伏せする所、すなわちここで魚を獲ろうと立って待つ)に因むという。18世紀末に幕府が蝦夷地を直轄すると、警備のためここに台場が築かれた。また、第二次世界大戦中は、要塞地帯法により市民は立ち入りを禁じられていた。 (現地説明板参照)




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台場の遺構はありませんが、地形を見るとその名残を想像することはできます。



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函館山散策コース案内図

要塞地帯法(明治32年法律第105号)により、函館山では1898年から要塞建設が始まり、1905年までに山全体に砲台や発電所、観測所など17の施設が建設された(津軽要塞)。この時に山の頂上を削ったため、標高が348mから334mと低くなった。また、函館山が要塞地帯になったことで、山全体が軍事機密となり、地形図から函館山が消えた。函館山の測量はもちろん、一般人の入山や函館山の写真を撮影すること、スケッチをとること、函館山に関する話題も厳しく制限された。 (wiki参照)


この案内図にも千畳敷砲台跡、薬師山砲台跡、御殿山第二砲台跡といったものが記されています。



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所在:北海道函館市住吉町立待岬、函館山
評価:

説明板に台場の記載があるため表示物あり扱いの評価。津軽海峡に突き出している岬のため、異国船を監視するには適した場所です。今回は函館山に登ることはできませんでしたが、次回訪問時には函館山の要塞施設群も訪れたいところです。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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