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役所下台場 ~旧中村家住宅~

安政5年(1585)に書かれた箱館奉行の村垣與三郎(淡路守)の公務日記に、「役所前浜辺へ上り夫より役所上(役所上台場)並ニ下(役所下台場)二ヶ所の台場見分、三百目、五百目筒二挺つつ据付あり夫より本陣ニ着」と記されています。

ここでいう「役所下」とは、現在旧中村家住宅が建っている周辺になります。



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旧中村家住宅(国指定重要文化財)

中歌町に残されている旧中村家住宅は、江戸時代から日本海沿岸の漁家を相手に、海産物の仲買商を営んでいた近江商人の大橋宇兵衛が建てたものです。
家屋は、当時江差と北陸を往復していた北前船で運んできた笏谷石(しゃくだにいし)を積み上げた土台に、総ヒノキアスナロ(ヒバ)切妻造りの大きな二階建ての母屋、さらに母屋から浜側まで文庫倉、下の倉、ハネ出しまで続く通り庭株式で当時の問屋建築の代表的な造りとなっています。
大正初期に大橋家から中村米吉が譲り受け、昭和46年に重要文化財に指定され、さらに昭和49年に中村家より町に寄贈。昭和57年に修復が完成し一般に公開しています。

江差のニシンは魚に非ず
ニシンを漢字で書くと「鰊」、これを江差では「鯡」の文字で読んでいました。当時の松前藩では米はとれないが豊漁のニシンによって生活が成り立っていたので、「ニシンは魚に非ず、米である」という発想があったためだといわれています。松前藩の経済を支えるうえで、ニシンはそれほど重要な収入源だったのです。 (江差町HP参照)




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手前:江差町会所会館(旧江差町役場本庁舎)
奥:江差町郷土資料館(旧檜山爾志郡役所) 

旧役場本庁舎建物は、弘化2年(1845)に町会所(町役所)として町民の拠金により建設されたといいます。
この役所を起点に、上台場下台場のそれぞれが築かれました。
近くには道路元標もあります。



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国道から一本内側のこの街道はいにしえ街道と呼ばれ、史跡・旧跡の宝庫となっています。
もう一度時間をかけてじっくりと散策してみたいところです。



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所在:北海道檜山郡江差町中歌町
評価:

遺構も表示物もありませんが、旧中村家住宅を目当てに訪問する価値は十分あります。周辺には旧跡が多いので、合わせて見てまわるのが良いでしょう。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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