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役所上台場 ~土方歳三嘆きの松~

安政5年(1585)に書かれた箱館奉行の村垣與三郎(淡路守)の公務日記に、「役所前浜辺へ上り夫より役所上(役所上台場)並ニ下(役所下台場)二ヶ所の台場見分、三百目、五百目筒二挺つつ据付あり夫より本陣ニ着」と記されています。

ここでいう「役所上」とは、現在江差町郷土資料館が建っている周辺になります。



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旧檜山爾志郡役所 現江差町郷土資料館

檜山郡・爾志郡を管轄する郡役所として、1887年(明治20年)に建設された建物。1992年(平成4年)には、北海道に唯一現存する郡役所庁舎として、道指定有形文化財に指定された。1996年(平成8年)から1997年(平成9年)にかけて、保存のための修理工事が行われた。指定物件は主屋と附設平屋からなっており、渡り廊下で繋がっている。主屋の正面中央には1階に玄関ポーチが、2階にバルコニーが設けられている。修理工事の際、主屋の壁・天井に多様な布張りが施されていたことが判明し、建物の修理にあわせて布張りも復元した。(wiki参照)


この資料館のある平場と、道路を挟んで南西側にある小高い地形部分が台場跡地と思われますが、いずれも遺構はありません。

そして敷地入り口には特徴的な松があります。



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土方歳三 嘆きの松

旧徳川幕府軍の軍艦「開陽丸」は、明治元年(1868)11月15日、暴風雪により江差沖で座礁・沈没した。伝説では、土方歳三と榎本武揚が、この場所から座礁した「開陽丸」を見て土方が松の木を叩き嘆いた。その後、松の木には瘤ができ曲がっていった。
後になり、江差の人はこの松の木を「土方歳三 嘆きの松」というようになった。(説明板参照)




P5080751.jpg
普通は海からの強風によりこのような形状になったと考えるところですが、上記のような伝説が残るのも当時の情勢を考えれば無理からぬこと。

当時日本のみならず世界でも最新鋭の軍艦であった開陽丸。この軍艦一隻の能力で旧幕府軍の海軍力は新政府軍を上回っていました。現代でいうところのイージス艦や原子力潜水艦を、単独で保有していたくらいの優位性があったのでしょうね。
その開陽丸のまさかの座礁沈没、これをもって箱館戦争の、いや歴史の分岐点になったと言っても過言ではないでしょう。

土方歳三の嘆きの深さ、推して知るべし。



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所在:北海道檜山郡江差町本町
評価:

遺構も表示物もありませんが、土方の伝説が残っていることもこの場所に台場があったことを示しています。台場目的でなくとも旧檜山爾志郡役所や嘆きの松を目当てに訪問する価値は十分あります。新撰組・土方ファンは一度は訪れておくべきところかも。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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