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洲崎館 ~武田信広、新婚の館~

花沢館から天の川(素敵な名前の川!)を渡り北上。
しばし進むと砂館神社への標識があるので、そこで左折。
神社周辺一帯が洲崎館の跡地です。



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砂館神社

花沢館とは異なり、神社前に駐車スペースがあるので安心。



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史跡上之国館跡のうち洲崎館

長禄元年(1457)の戦いで功を挙げた武田信広が上之国守護蛎崎季繁の養女である安東政季の娘を妻とし、同年築いた館。この時、信広は「建国の大礼」を行ったとされている。
その後、信広は地の利と景勝を誇る夷王山の麓に勝山館を築き松前藩300年の基を作った。
近年、中国銭2500枚、中国製青磁、白磁、国産の珠洲擂鉢や人骨が発見されている。館の構造については一部しか調査されていないため不明なところが多い。
この館は武田、蛎崎氏が道南和人社会の中で支配者として成長する基礎を固めたところであり、更に和人勢力の移り変わりを知るための重要な史跡である。(説明板参照)




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参道

この砂館神社と夷王山神社上ノ國八幡宮の三つは「上ノ国三社」とされているとのこと。



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拝殿 この裏に本殿(道指定文化財)

松前家家紋の「丸に割菱」が掲げられています。

周囲は小丘陵地となっており、要害性は花沢館勝山館に比べると低いものです。
裏手には通路がありますが、空堀跡かもしれません。



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神社社殿に向かって右側にある地形(写真右上)はおそらく人為的な土塁と思われ、地形図にもその形状は記されていますが、それ以外に随所にみられる起伏は、土塁なのか自然地形なのかいまいち判別できません。社殿周辺の地形については多少の改編もあると思われます。



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所在:北海道檜山郡上ノ国町北村
評価:★★

国指定史跡ということでやや甘めの評価。説明板には周辺地形図が掲載されているのですが、縄張り的なものはほぼ読み取れない地形図となっています。本拠が勝山館に移り、この館が放棄された後、神社建造部分以外はほとんど手を付けていないなら、もう少し縄張り的なものが地形に残っていそうなものですが・・・いずれにせよ、今後の発掘調査が期待されるところです。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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