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折戸台場 ~榎本軍が構築した台場~

立石観音像からR228を上ノ国方向へ進み、右手に松前消防署を過ぎた付近が折戸台場折戸浜砲台)の跡地であるといいます。

明治元年(1868)、函館を制圧した旧幕府の榎本軍はついで松前城も落とし、松前の前線基地として折戸台場を構築します。翌明治2年、榎本軍は折戸台場ほかで新政府軍と交戦するも敗れ、松前城も再度新政府軍に奪取されます。この折戸台場の戦いが旧幕府榎本軍に決定的な打撃を与え、新政府軍にその後の勝利を導いたともいわれています。

現地には消えかけた木製標柱があるというが・・・



P5080413.jpg P5080422.jpg
国道を挟んで松前消防署の反対側(海側)に広い空き地があったので、この空き地のどこかに標柱があるのではと思い路肩に駐車し隅まで歩いてみたが、何一つ表示物はなし。
おかしいなあ。先人たちの記録では消防署を過ぎてすぐくらいのところに標柱があるはずなのだが。
消防署から200mくらい先まで探索したけれど、もしや標柱消滅してしまったのだろうか。
(右写真奥に見えるのが消防署)

やむなく道路に停めた車に戻って少し先に進むと、左手にパーキングスペースあり。
するとそこに・・・



P5080426.jpg
あった~!標柱だ~!

うっすらと、本当にうっすらと「折戸浜砲台」の文字があります。
いや、文字はなく、かすかな凹凸で文字の跡が判別できる状態です。
上の写真でも、よく見ると「・戸浜砲・・」くらいはかすかに読み取れますよね。



P5080417.jpg
200m程南側から、台場跡地を望む。

最初間違えたところを探索したせいで5分ほどロスしてしまったが、代わりにこの写真を撮れたので良しとしましょう。



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所在:北海道松前郡松前町建石
評価:

先人たちの記録ですでに標柱の文字はほとんど消えかかっていると記されていましたが、私の訪問時にも全く同じ標柱がまだ健在であったのはうれしいことでした。現地で肉眼で見ると、文字も何とか読み取ることができます。とはいっても、いいかげん新しい表示物の設置が必要になると思われます。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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