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ヲシャマンベ陣屋 ~1年で廃された南部藩陣屋~

カムイチャシを後にし、R37胆振国道に復帰。続いて長万部方面へ向かいます。
R37は静狩トンネルを境に長万部側に入ると胆振国道から静狩国道へ名称を変えます。
しばし山側の経路を取っていたR37はここで再び海沿いに出て、起点である長万部につながります。
二桁国道(旧一級国道)で起点が郡部であるというのは珍しいケースです(道路愛好家的蘊蓄)。



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目的地であるヲシャマンベ陣屋は、長万部町の中心部北西の小丘陵突端の微高地に築かれていました。
陣屋跡地は現在飯生神社の境内となっています。目立つ真っ赤な大鳥居が目印。



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神社下には立派な城址碑と説明板が設置されています。さすがは国指定史跡。

安政二年(1855)南部藩は恵山岬から幌別までの沿岸一帯の警備を幕府より命ぜられ、箱館(函館市)に元陣屋を、室蘭に出張陣屋を、砂原・長万部には分屯所を設けることにした。
ヲシャマンベ陣屋は室蘭の出張陣屋(モロラン陣屋)と同じく安政三年(1856)に構築されたが、安政四年(1857)12月、長万部沿岸が砂漠遠浅のため外国船が容易に近づけないことから南部藩は自藩に引上げた。
渡島北部における唯一の近世史跡として昭和49年8月に国指定史跡に指定された。
(現地説明板参照)




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神社参道の石段

当時の陣屋への進入路とは別に設置されたもののようです。



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長万部総鎮守 飯生神社

神社の西側(写真向かって左手)には広い平場が残っており、境内部分と合わせると陣屋内部の規模はかなり大きいものになっています。



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東南側の土塁跡



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南側の土塁・塁壁



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西側土塁を眺める

こちら側が陣屋時代の進入経路でしょうか。



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所在:北海道山越郡長万部町長万部
評価:★★☆

築かれてわずか1年で廃されてしまったとはいえ、周囲を取り囲む土塁は健在で、特に西側土塁の残存状況は良好です。モロラン陣屋に比べ、こちらの陣屋の方が丘陵地形も生かしているため、純粋な守備力は高いと感じます。なお、北側(神社の裏側)には土塁とその外側の堀がはっきり残っているようですが、見落としてしまいました。東・南・西側はぐるりと見学したのですが・・・
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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