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モロラン陣屋 ~東蝦夷地南部藩出張陣屋~

絵鞆半島から白鳥大橋を渡り対岸の陣屋町へ。
町名にもなっている通り、この地にはかつての南部藩の陣屋跡があるのですが、白鳥新道から胆振国道へそのまま乗ってしまうと陣屋方面へ進めなくなってしまうので、すぐに側道へ降りる必要があります。
幹線道路から降りると案内表示があるので、それに従いまずは陣屋そばにある資料館へ。



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とんてん館(室蘭市民俗資料館)

この日は木曜日であったが、前日が振り替え休日であったため、「祝日の翌日」にあたり休館日。
入館料無料であったのに残念。



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陣屋へは資料館の裏側を迂回する形で進みます。

表示に従い車で進むと、陣屋を示す立派な石柱や境界柱などが設置されており、そこを左折すると陣屋到着です。



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史跡 東蝦夷地南部藩陣屋跡モロラン陣屋

幕府から東蝦夷地の警備を命じられた南部藩が設置した陣屋の一つ。
ここでいう東蝦夷地とは現在の道東ではなく、函館~恵山岬から幌別間の沿岸一帯を指しています。

この写真手前に車の駐車スペースあり。



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周囲を取り囲む堀と土塁が良好に残っています。

ちなみにこちら側の入口は陣屋東側の裏門にあたります。



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内部には屋敷跡などの平面復元表示がされています。

礎石や石敷きの通路が検出されているようです。



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壕と土塁に囲まれた陣屋内には様々な建物が立ち並んでいました。
ざっと見まわすと、やはり兵隊の駐屯施設という感じですね。

方形を基調とした陣屋ですが、北側山の斜面沿いに折れがあるのが特徴的。



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ちょうど桜が開花し始めたところでした。
広々とした空間で、お花見にも良いところ。

陣屋内には、南部藩士の子孫であった山口青邨が、昭和33年に来蘭したおり詠んだ
黄を濃くし陣屋を出でず秋の蝶
の句碑が建立されています。



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陣屋南面には水堀



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表門前の立派な石碑

東蝦夷地の警備を命じられた南部藩は、函館に元陣屋を置き、エトモ場所が営まれ天然の港であった室蘭には、ペケレオタ(白い、または明るい砂浜の意。現室蘭市陣屋町付近)に出張(でばり)陣屋を構築することを決めました。
その後、長万部・砂原にも出張陣屋(屯所・分屯所)を設置します。



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もう一つ立派な石碑

幕末の頃、異国船による襲撃に備え、北方警備を強化するため南部藩(現・盛岡市一帯)が江戸幕府の命により、東蝦夷地の海岸警備にあたるため1856(安政3)年に設置した陣屋の跡です。
陣屋の本郭は、約1万7520㎡の広さがあり、高さ2~3mの土塁とその外側に壕が掘られ、さらにその外側に外郭土塁をめぐらせるという内外陣の二重構造で築かれています。
当時、南部藩士約350人が常時派遣され、守備兵として駐留していました。
郭内には鉄砲武者たちの兵舎や稽古場などの7棟の施設棟、井戸、土塁囲みの火薬庫などがありました。追直には、見張り所が設置され、また大砲を据え付けた台場もあり、陣屋と三方から湾内への侵入船を撃退する陣を構えていました。
しかし、明治に代わる直前の1868(慶応4)年、南部藩は新政府への陣屋引渡しを拒み、同年8月に自ら陣屋を焼き払い故郷へと引き上げたとされています。
現在は土塁や堀の修復、屋敷跡の平面復元が行われ、当時の土台石や石畳、杉林を見る事が出来ます。また現在、5月上旬から6月初旬にかけては桜の名所としても親しまれています。
(北海道文化資源データベース参照)




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表門付近の堀と土塁



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こちらは北側の堀と土塁

内陣の後背地にあたる北側山地には火薬庫が設けられ、今も残る杉林も、藩士の手により当時植えられたものであるといいます。火薬庫近くには藩士たちの墓もあります。

また上でも述べた通り、この北側の堀は中間部のところで折れが備わっていますが、なぜ正面に面しない山側に折れを設置する必要があるのか、少し不思議なところです。



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堀沿いをぐるりと一周。

散策にはちょうどいい季節でした。



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所在:北海道室蘭市陣屋町2丁目
評価:★★★

市内唯一の国指定史跡としてよく整備されています。近世末の土塁式方形陣屋で、南部藩による北方警備体制をよく示すものとして、昭和9年に国指定史跡となっています。かなり早い時期に国史跡となった点からも、この陣屋の歴史的価値は高いといえます。その後市内のポロシレトの台場・勤番所なども併せて追加指定となり、現在の史跡名称となっています。
仙台藩の白老元陣屋に比べると小規模ですが、それはやはり元陣屋と出張陣屋との差でしょう。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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