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エンルムチャシ ~絵鞆半島チャシ跡群①~

P5070039.jpg
絵鞆岬からの光景。奥に見える島は室蘭八景の一つ・大黒島。
晴れている日なら通常この方向に昭和新山、有珠山、羊蹄山といった山々が望めるはずですが、ご覧の通りこの日は黄砂の影響で対岸の崎守地区の眺めすら怪しいような状態。
黄砂さえなければ本当に雲一つない快晴の日だったのですが。

絵鞆岬

室蘭発祥の地。絵鞆(えとも)とはアイヌ語のエンルムから転じたもので「突き出ている頭」「岬」というのが語源。
絵鞆は江戸時代から明治維新まで室蘭地方の地名であった。地図の上では、蝦夷の古地図として知られる正保日本図(1648年頃)にエントモと書かれている。
慶長年間の初め松前藩の直轄所(漁業基地)として開かれ、交易所で通行人の宿泊もできた運上屋が置かれた所であり、夏季にはアイヌと交易するため、松前藩の弁財船が絵鞆の澗に出入りした。
絵鞆岬と東の丘上にあったチャシ(砦)遺跡や周辺の貝塚からは、縄文早期(約9千年-6千年前)からアイヌ時代(約8百年-百年前)に至る貴重な出土品が数多く見られた。
(現地地名由来板参照)


私はこの岬に立つことでエトモチャシ攻略完了とするつもりでしたが、調べてみるとどうもチャシの正確な場所は現在公園となっているこの岬とはわずかに離れているようです。



P5070029.jpg
岬先端部分からの光景。

北の遺跡案内によると、この写真右手の黄色丸で囲った付近がエンルムチャシの跡地であるようです。
絵鞆岬のチャシだからエトモチャシでいいだろうと思っていましたが(実際そのように掲載しているサイトもある)、リンク先のページにはエンルムチャシという表記になっているので、それに倣うことにしておきます。
検索してみると確かにエンルムチャシ表記でここのチャシを紹介しているページもあります。

ただ一つだけ問題点があるとすれば、北海道にはもう一つ別のエンルムチャシという名称のチャシが存在していることでしょうか。それは日高本線の終着駅の町・様似町にある、その名もエンルム岬に築かれたチャシで、そちらには何と標柱まで設置されています。私も事前に調べた時、ネット上でエンルムチャシの標柱の写真を見つけ、絵鞆岬にこの標柱があるのかと当初混同してしまいました。絵鞆岬のチャシには標柱等設置されていませんのでご注意を。



P5070053.jpg
岬の下、堤防のある場所からの光景。
正面高台の上付近がチャシ跡であると思われます。



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所在:北海道室蘭市絵鞆町2丁目
評価:

岬の先端、海岸段丘舌状部を占める臨海性のチャシで、エンルム遺跡(縄文期の貝塚)とも重なっています。岬の説明板で辛うじて表示物アリ扱いとしこの評価。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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