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絵鞆岬

5月7日、北の大地の旅3日目。

前夜宿泊した室蘭市内のホテルにて、北海道に5月5日から3日連続で黄砂が飛来しているという事実を知る。
どうりで北海道に来たその日から天気は晴れているのに視界が悪いと思っていました。
この日も朝のニュースで3K(乾燥・花粉・黄砂)に注意という報道がありました。まったく迷惑なことです。



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本日最初に向かったのは、絵鞆半島最西端の岬である絵鞆岬。
絵鞆はアイヌ語で岬を意味する「エンルム」が語源とされる。
より有名な地球岬ではなくこちらの岬を訪れたのは、この地近辺にチャシがあったという情報をつかんだため。

岬周辺には古くからアイヌ民族のチャシがあり、慶長年間(1600年頃)には松前藩が絵鞆場所を開き、和人とアイヌの人たちが商取り引きをする運上屋(うんじょうや)を建てた。後に運上屋が幕府直轄の会所に改められ対岸のモロラン(現・崎守)に移設されるまでは、室蘭地方の中心集落として栄えた。(wiki参照)




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室蘭八景の一つ

絵鞆は、アイヌ語のエンルム(「突き出ている頭」・「岬」)を語源とし、慶長年間(1596〜1614)にアイヌの人達との交易の場・絵鞆場所が開かれ、交易・交通の中心地となったことから、室蘭発祥の地とされている。
また、寛政8年(1796)には、絵鞆沖にイギリスの探検船プロビデンス号が来航し、天然の良港「エンデルモ(エトモ)・ハーバー」(室蘭港)や「ボルケイノ・ベイ」(噴火湾=内浦湾)を世界に紹介した。
この展望台は、これらの歴史を背景に、室蘭市開港120年市制施行70年の節目の年に、室蘭市の新たな旅立ちと自らが発見者チャレンジャーとなるよう、未知なる大海原へ船出した帆船をイメージして作られた。(絵鞆岬展望台説明板より)




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岬の先端

絵鞆岬を最西端とする絵鞆半島は室蘭港を抱くように伸びた陸繋砂洲であり、太平洋側の東岸は海食崖が発達している。噴火湾を中心として昭和新山や有珠山、羊蹄山、遠くは恵山岬まで眺望できる室蘭の代表的な景勝地として、室蘭八景の一つになっている。(wiki参照)


この日は雲一つない快晴だったものの、前述の通り黄砂の影響で遠方の視界は不良で、恵山岬はおろか昭和新山、有珠山、羊蹄山といった山々は一切見えず。それでもこの場所からの景観は素晴らしいものでした。



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南側へ続く険しい海岸



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繰り出された小船は漁をしているのでしょうか



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先住民慰霊碑

開港90年・市制施行40年を記念し、昭和37年に設置されました。
この慰霊碑にもこの場所にチャシがあったことが記されています。

私はこの岬がチャシ跡であるという断片的な情報を元にここを訪れたのですが、精査したところ、どうもチャシ跡の正確な位置は微妙に岬とはずれた場所にあるらしいことが判明しました。

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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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