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篠山城① ~縄張りの妙・3つの馬出~

歴史美術館から南へ進むとすぐに篠山市役所です。



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市役所前にある像

日本遺産に認定された「デカンショ節」を踊り歌う様子。



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市役所の前にはすぐこの広大な水堀が広がります。
何度見ても圧巻の広さです。
この日は厚い雲に覆われ青空が見えなかったのが唯一残念だった点。



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ということで、ほぼ同じ場所から青空のある写真。2013年9月末に訪問した時のもの。
この時はひたすら暑かった・・・
この先公開する機会もないかもしれないので、この機会に前回訪問時の写真もいくつか一緒に載せてしまうことにします。

ここから大書院の屋根も見えますが、まずは先に外堀周りを一周してみます。
この外堀沿いに、篠山城を訪れたらぜひ見ておきたいポイントがあります。



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篠山城縄張図(概略図)

築城の名手・藤堂高虎の縄張り。この図で、外堀の外に3ヶ所、四角く飛び出している部分を馬出といいます。
ちなみに来年の大河ドラマのタイトルにもなっている「真田丸」も、大坂城に築かれた丸馬出の名称です。大坂冬の陣ではこの丸馬出により徳川方は多大な被害を出しているということからもわかる通り、馬出というのは城の縄張り要素の中でも重要な部分の一つと言えます。なお真田丸は大坂冬の陣の後に真っ先に潰されていますが、現代の都市整備の観点から見ても馬出の存在は通行上の阻害が大きいため、城の中枢部を守る代わりに周辺整備の際に潰されてしまいがちな部分となっています(松本城の項でもちょっとだけ触れています)。その馬出が良好に残っているのが篠山城の大きな特徴の一つなのです。

ということで、まず初めに上の図にある3つの馬出を見に行ってみましょう。



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東馬出・北側

藤堂高虎の縄張りはシンプルなものが多く、シンプルがゆえに守りのポイントが明確になっておリ、効率的な防御ができる造りとなっています。兵士が白兵戦で本丸目指して攻め込むような戦いなら、迷路のようにごちゃごちゃしている縄張りが有効ですが、火砲・銃器が中心となった近世期の戦いでは、よりシンプルな直線的な縄張りの方が効果的なのです。この合理性は西洋式稜堡要塞にも通じるものを感じます。
ここでも東側の入口を守る形で馬出が設置され、攻める側とすれば目障りでしょうがないことでしょう。



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東馬出・南側

石垣の上に土塁が形成されています。
これは腰巻石垣と呼んでいいのかな。
(腰巻石垣については江戸城の項で少し触れています)



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東馬出内部は公園になっています。その名も「東馬出公園」。

城の出入口を虎口と呼んでいるが、その防備の工夫には最大の知恵がしぼられている。篠山城では北(大手)・東・南の3ヶ所に出入口があり、ここを凹字型の濠と塀で囲んで、城門への通路を複雑にしていた。これが馬出と呼ばれる施設でここにあらかじめ兵馬を繰り出しておき、いざという場合に馬出の門を開いて打ち出す溜まり場となったり、また武将がそこまで乗り出して寄せ手の軍状を見張るところでもあった。(説明板参照)




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前回訪問時写真。東馬出内から北外堀方面を撮影したもの。
この馬出と外堀との組み合わせで進入路が大幅に制約されるということを示したかったのですが・・・
なんとなくでも伝わってくれれば本望。



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丹波杜氏酒造記念館

「お酒まつり」開催中。きき酒コンテストとか開かれていて込み合っていました。
東馬出のそばにあります。



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東外堀を南下すると城内へ入る道があります。手製の信号機のイラストがかわいい。
ここから進むと小学校の敷地となり通行止め。
校庭の南側にある道が城内方向へ続いているようですが、いったん戻って堀の外周巡りを続行します。



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外堀南側。こちら側はあまり車も通らず静かな環境。
左手には伝統的な建物が立ち並び、雰囲気があります。



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堀越しに石垣が見えました。本丸天守台です。

そのまま外堀南側を進んでいくと、二つ目の馬出に到着します。



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南馬出

こちらの馬出は東馬出と異なり土塁造りとなっています。



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南馬出・南側

外側を幅広の水堀に囲われています。
東馬出よりも規模が大きく、この馬出単独でも並の平地城館より立派な造りとなっています。



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この南馬出の南西側、現在「武家屋敷・佐藤家」が建っている付近が、かつての篠山藩校『振徳堂』の跡地。
篠山藩十代藩主青山忠高の創建。建物は現存しません。



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こちらは前回訪問時の写真。
南馬出から外堀を渡り城内へと続く細い通路の様子。
かつては通路の先に南門があり、門を越えると三の丸だった。
前回はこの通路を通って城内から南馬出へと抜けました。



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西外堀

「小林家長屋門」などを眺めながら城の北側、大手方面へ。
この周辺のことについては、前回訪問時の「篠山城下町散策」でも触れていますので参考にご覧ください。



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第三の馬出・大手馬出は現在埋め立てられているが、一部土塁が残存しています。

なお写真に写る赤い自転車が今回レンタルした自転車。電動アシスト付きでまったく疲れない。
もっとも篠山城周りは平地であるため、アシストなしでも問題ありませんでしたが。
この自転車のおかげで外堀もかなり短時間で周ることができました。



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初めて見るキャラクター出現。名前は「まめりん」。
・・・あれ、確か篠山のマスコットキャラクターって「まるいの」っていうイノシシじゃなかったっけ。
どうしたんだ「まるいの」。もしや人気が上がらずクビにされてしまったのか。

・・・はい、調べてみました。「まめりん」は丹波篠山黒枝豆の妖精の女の子。
「まるいの」のガールフレンドなんですって。「まるいの」、よかったね~。


それにしても城の南側・西側は静かで落ち着いた雰囲気なのに、北側に来たとたん周辺は大賑わいです。
城内へ進む道は人であふれ、駐車場待ちの車が列をなしています。
この混雑の理由は次回で。



その②へ
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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