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鐘ケ坂峠と3つのトンネル(前編)

金山城主郭下で見つけた表示。



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「尾根道で古道鐘ヶ坂峠から公園→」

ところでみなさん、登ってくる途中に見つけた概略図のことを覚えているでしょうか。



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これ。

この図に描かれている3つのトンネル、興味ありませんか?

ここ鐘ケ坂峠は、明治、昭和、平成にそれぞれ新たなトンネルが建設され、同一の峠に別途3つのトンネルが設置されるという、全国的にも珍しい箇所となっているのです。

ちなみに私(ワタクシ)、隧道や廃道といったものに対してもひとかたならぬ興味を持っています。
当ブログのリンクページにその道の第一人者サイトを掲載しているのもそのため。

この概略図を見た時から、トンネル方面の探訪をしてみようと考えていました。
登ってきた道と同じ道を戻るのも面白くないという気持ちも当然ありました。

トンネル方面へ向かうには表示されている「尾根道」を利用します。
この尾根道というのが・・・



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ご覧のとおりとんでもない急傾斜。

一定間隔で設置されている杭と赤いリボンテープがなければとてもここが登山ルートとは思えないほど。



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急坂を下りきったところに標識を見つけ、ルートを誤っていないことに一安心。

低山とはいえこちら側のルートは難易度が高めで、経験を積んだハイカー向けといえそうです。



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わずかに傾斜が緩やかになったとはいえ、一直線の下り道が続く・・・

しばし下ると、道が二手に分かれる。
標識の通りに進むといったん山を登り返す形になり、その先に切通し状の地形が現れます。



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この切通しが江戸時代の古道・鐘ケ坂峠。

地名の由来は定かではないが、民話的伝承ではこの周辺を荒らしまわっていた鬼を退散させるため、この地に鬼が嫌う音色を出すという梵鐘を設けたからであると伝えられている。 古くは「鐘坂」とも表記され、古来より京阪神間から丹波を経て但馬、丹後地方に抜ける際の交通の難所として知られていた。 このため明治期以降たびたびトンネル工事が行われ、現在は3代目の鐘ケ坂トンネルが稼働中。
(wiki参照)




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新しめの表示板は杭から外れて落っこちていた。



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鐘ケ坂峠全景・圧巻の切通し



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明治トンネル開通前はこの道が峠越えのメインルートだったわけです。
たまに趣味で山歩き・古道歩きをする分には楽しめるでしょうが、生活や商売のために日常的に徒歩で行き来するにはかなり険しい道です。交通の難所とうたわれるのも納得。



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山頂から峠までも結構下ったと思うのですが、峠から麓までもひたすら下り道が続く。こんなに登ったっけ。
道は途中藪化の危機もあったが、おおむね歩きやすい道です。
これが昔からの古道だと思うと、なかなか趣深いものがあります。
(江戸時代から使われていた道がそのまま残っているのかどうかは定かではありませんが)



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麓に帰還。こちらにもフェンスあり。その先は薮で、もはや目をつぶって強行突破するよりほかなし。
道路側には一応登山道の標識は出されているものの、あまりハイカーや古道歩きを楽しみたい人を歓迎するような雰囲気は感じられません。不審者を見かけたら通報推奨って。山歩きをする習慣のない人からすれば、薮をかき分けて山に入る人間は不審極まりないかもしれませんけれど。以前何か事件でもあったんですかね。



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登山道入口から道路を北へ進むとすぐに車止めが現れ、その先に目指す3つのトンネルのうちの1つがありました。



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鐘ケ坂トンネル

通称『昭和トンネル』。高度経済成長に伴い自動車時代を迎え、幅員が3mあまりで自動車が対面通行できない明治トンネルに代わり、自動車の通行に適した新たなトンネルを設置する必要が生じた。1965年着工、1967年完成。全長455m、幅員7.5m。総工費2億4千万円。
しかし開通後も峠との標高差が大きい丹波市側の道路は依然としてヘアピンカーブの多い峠道であり、交通量の増加に伴い事故も増加、また、落石や冬季の凍結などによる交通規制も多く、相変わらず交通の難所であったため、新たなトンネルの設置が必要となった。平成トンネルの設置後も旧道として残り、しばらくは通行可能であったが、新トンネルの完成に伴い交通量が激減したことや、周辺にゴミの不法投棄が目立つようになったことから、2008年12月24日をもって閉鎖となった。今後は明治トンネル同様、イベント時のみの開放が検討されている。(wiki参照)


なるほど、先ほどの登山道入口にあった警察署の不審者云々の表示は、不法投棄がらみのものでしたか。

それともう一つ、この「昭和トンネル」は心霊スポットの一つでもあるらしい。柏原方面にトンネルを出るとすぐ右急カーブがあり、これを曲がりきれずに落下して亡くなった人の霊が夜中落下地点に出るだの、トンネル内で交通事故で亡くなった人の霊が四つん這いになって駆け回っているだの。怖いからやめて。



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もちろんこの時の私はそんな怪談知る由もないので、普通にトンネル奥をのぞき込んでいました。
妙に涼しい気配を感じはしましたが、よくあるトンネル特有の自然現象でしょう。そうに違いない。

最近まで現役のトンネルであっただけあり、今でも車で通行できそうな状態ではありますが、道路中央のアスファルト隙間から草が出てきているところなどを見ると、ここがまぎれもない廃道であることを感じさせられます。



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続いて「明治のトンネル」を目指します。唯一の位置情報である概略図を再度見直すと、昭和トンネル手前から北側奥に入ったところにそれはあるようだ。
現地で当てはめるとおあつらえ向きの道路発見(「この先行き止まり」の表示もいかにもそれっぽい)。
どれくらい距離があるかわからなかったので、いったん車を止めた追入神社までてくてくと戻り、車で進むことにします。神社までの車道歩き、地味に距離があったなあ。

車に乗って再びこの場所へ。
いざ奥へと車を乗り入れたが・・・結果から言うと、この道は間違い。
奥へ進むと工場の敷地内のような場所に入り込み、未舗装となった道路はフェンスで通行止め。

後日調べたところによると、どうやらこの写真の黄色丸で囲ったところから進むのが正解であったようだが・・・
何の表示もなかったぞ。



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上で述べた通行止めのフェンス。
ここを手動で開けて奥へ進んだところに明治トンネルがあるのかと思ったが、どうもそんな気配ではない。
保安林の看板はあれど、トンネルのトの字もなし。



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行き止まりから戻る途中見つけた標柱

「分水界雲海の径 瓶割峠入口」

・・・どうにもこちら側から探してもらちが明かず。
改めて概略図を見直し、峠の反対側から攻めてみることにしました。
それで見つからなかったら潔くあきらめよう。



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R176新鐘ケ坂トンネル

通称『平成トンネル』。相変わらず交通の難所であった昭和トンネルに代わるトンネルとして国道176号のバイパス工事の一環として2001年着工、2005年完成。バイパス部分は全長2650mで、うち新トンネルの延長は1012m。事業費は約78億円。(wiki参照)


これで3つのトンネルのうち2つを制覇。



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ついに篠山から飛び出てしまった。



後編へ続く
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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