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飫肥城③ ~パワースポットと重伝建~

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旧本丸内のマウント状の地形。
周囲には一部残存土塁あり。



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旧本丸北門

旧本丸には東と北の二箇所に入口があります。



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北門からの眺め

本丸・旧本丸の北側にも城域は広がり、北の丸、西の丸、松の丸などの曲輪がありましたが、現在はグラウンドとして削平されたり、住宅地・山林などに変わっています。



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来た道を戻り、本丸西側の虎口から出ると四隅に4本の杉が立っています。



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しあわせ杉
4つの角にある4本の杉
対角線の中心に立つと幸せパワーがもらえます



なんか後からとってつけたような設定ですが、とりあえず立ってみました。





軽い注意点として、4本の杉は四隅からずれて立っているのもあるため、対角線の交点の位置も修正して立たなければいけません。



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少し引いた場所。
右側は資料館、左側頭上は松尾丸。
奥の部分がパワースポット。



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本丸南の犬馬場

奥の鐘がある張り出し構造の造りが気になったので見にいってみます。



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東側からぐるりと回って、小学校の入口側を通って到着。すごく遠回りをした気が。

曰く、飫肥城の鐘は二百余年に亘り軍用または民間時報の使命を果たしていたが、昭和18年大東亜戦争のため供出したとのこと。



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現在の鐘は昭和40年に復活したもの。
飫肥城の鐘」の銘が入っています。



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小学校校舎前にあった言葉。
確かに時が流れるのはあっという間です。

これを見て思ったことは一番最後の感想欄に。



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大手門から外へ。

既に閉まっていますが、土産物屋や食事処の建物も城下町の雰囲気とマッチしています。



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重要伝統的建造物群保存地区 日南市飫肥伝統的建造物群保存地区

伝統的建造物群保存地区は、文化財保護法第143条第1項または第2項の規定により、周囲の環境と一体をなして歴史的風致を形成している伝統的な建造物群で価値が高いもの(伝統的建造物群)、およびこれと一体をなしてその価値を形成している環境を保存するため、市町村が地域地区として都市計画もしくは条例で定めた地区である。略称は伝建地区、伝建。
1970年代前半、当時の宮崎県日南市の市長が城下町として知られていた飫肥地区の町並みや飫肥城の復元のために大規模な運動を行ったのが制度誕生のきっかけとされ、1975年の文化財保護法改正により設けられた。城下町、宿場町、門前町、港町などの歴史的な集落・町並みの保存を図ることを目的とする。
それまでは建物単体でしか保存できなかった歴史的建造物を、面的な広がりのある空間として保存するための制度として画期的であった。また、住民が暮らしながら伝統的建造物群を保存することが前提となっており、地元住民が市町村と協力の上で主体的に保存活動を行える、外観の変更は制約があるが建物内部の改装などは比較的自由にできるといった特徴がある。
市町村が都市計画もしくは条例により定めた伝統的建造物群保存地区の中から、国が特に価値の高いものを重要伝統的建造物群保存地区として選定する。2013年12月現在、41道府県86市町村の106地区が重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。

(wiki参照)

出ました、重伝建
これまで萩・津和野・郡上八幡・出石・篠山など歩いてきましたが、伝建のきっかけがここ飫肥の地であったことは知りませんでした。



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このあたりの雰囲気が全体的にいいのは、こういった指定を受けている地区だからなんでしょうね。

確かにR222から大手門信号にかけて走行中も、歴史的な風情のある景観だと感じはしました。



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駐車場には当然ながら私の車1台だけ。ここに車を停めたときは、写真1枚も撮れないほどの慌て様だった。

奥に見えるのは豫章館。明治2年に造られた藩主伊東家の住まいで、飫肥藩5万7000石の城下町で最も格式のある武家屋敷。



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所在:宮崎県日南市飫肥
評価:★★★☆(暫定)

見どころである豫章館や松尾丸を見ていないため、それ以外の部分のみで暫定評価。この城は重伝建の城下町も見どころの一つですが、それも車で走行しながら眺めただけなので、再訪時にはもう少し時間をとるようにしたいところです。再訪については、これまで10年15年先になどと書いてきましたが、この城では少し違う考えも起きました。どんなに若くて健康な人でもいつ事故にあって遠出できない体になるかわからないわけで、「時がたてばいずれ再訪できる」という保証はないわけなんですよね。未訪の城を訪れることを優先しているとはいえ、15年後の再訪などと悠長なこと言わず、行けるときに行った方がいいのかもしれません。と、「時は人を待たず」の格言を前に思った次第です。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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