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高尾城 ~島津軍を助けたキツネ~

P9260188sc3.jpg
帖佐麓にあった説明板の案内図より。

帖佐館東側の一本道を北へ進むと、途中高尾城(元稲荷)を経由します。



P9260220.jpg P9260224s.jpg
すれ違い困難な細い道を進む。
途中切通状の地形あり。



P9260226s.jpg
ほどなくして標柱発見。
駐車場はないが1台程度なら路肩に停められます。



P9260228.jpg
とりあえず標柱撮影でミッションクリア。
ここが登城口のようですが、猛烈な藪で中に入る気は失せました。



P9260231.jpg
藪すぎて、標柱の裏側を撮るだけでも一苦労です。

高尾城は、平山城の支城である。 大永6年(1526)、辺川忠直と島津忠良(日新斉)との間で戦いがあり、忠直は高尾城に籠ったが、忠良に攻められ討死した。 慶長3年(1598)、山頂に稲荷神社が建てられた。これは朝鮮の役で島津軍を助けたキツネを祀ったものである。神社は文政10年(1827)に麓の「御屋地跡」へ移されたが、今でも地区の人々から「元稲荷」として親しまれている。
(現地標柱等参照)

稲荷神社については帖佐館の項目参照。



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所在:鹿児島県姶良市鍋倉
評価:

今でも地区の人々から親しまれているとありますが、この激藪からは頻繁に手入れをされているという印象は受けませんでした。私は標柱を発見できて満足ですが、遺構を確認したい真っ当な中世城郭ファンの方は、多少の藪漕ぎを覚悟するか、真冬の訪問をお勧めします。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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