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熊本城⑧ ~二様の石垣と数寄屋丸~

東竹の丸から数寄屋丸へと向かいます。
すぐに、またも特徴的な遺構が現れます。



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正面の独立した石垣は竹の丸五階櫓の櫓台。
規模を視覚的にわかりやすくするために比較対象の人物を映り込ませたいところだが、こういう時に限って誰も現れない。暑くて10秒以上待っているのは不可。

日本名城百選(小学館)の解説によると、この部分の連続外桝形虎口は必見ポイントの一つとなっています。
専門的に言うと、本丸闇り通路から須戸口門・櫨方門へ向かう経路脇の平左衛門丸・数寄屋丸・飯田丸・東竹の丸が虎口空間として重なり合い、軍勢をためる機能を持っています。
要は防御はもちろん、出撃性も極めて強く意識した縄張りであるということです。



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北側から見た竹の丸五階櫓台。

竹の丸から飯田丸・東竹の丸方面へ登る途中にあった五階櫓です。竹の丸からは元札櫓門を通り、幾重にも屈曲した通路を通らないと、上段へは行くことができませんでした。通路の飯田丸側には平櫓や三階櫓が建ち並び、右に独立櫓が聳え、各々の壁面には鉄砲狭間が並んでいます。万が一ここを突破しても石段の上には札櫓門が待っています。攻め込むことは到底不可能だったでしょう。
古い絵図には西竹の丸五階櫓と表記したものが多いのですが、独立した石垣の上にあったので別名独立櫓とも呼ばれています。

熊本城公式ホームページ参照)

この櫓台の反対側が城内有数のビュースポット。重なり合う石垣越しに眺める天守の姿は圧巻です。



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二様の石垣

こちらも城内屈指のビュースポット。
石垣の隅部の反り(勾配)や積み方が異なっている姿を同時に見ることができます。
裾部の傾斜が緩く、算木積の長短があいまいなのが加藤期の石垣。
傾斜が強く、算木積の長短が明瞭なのが細川期の石垣。
細川期の石垣は、本丸御殿増築の際に積み足されたものということです。



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少し見る角度を変えると、こんな感じになっています。
熊本城で多用されている「武者返し」と呼ばれる形状の石垣で、始め緩やかな勾配のものが上部に行くにしたがって垂直に近くなっていきます。
とてもよじ登れるものではありません。



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高石垣の上に見えるのは本丸御殿。



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どの方面から見ても手抜かりはありませんが、このあたりも特に手の込んだ作りとなっています。
いやほんとすごい城ですよ。



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天守下へと出る石段。
全く気にせずひょいひょいと登ってしまいましたが、実はこの石段も一段一段の奥行や高さが意図的に異なるように作られており、攻め手のスムーズな進軍を防ぐような仕掛けが施されています。



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地図石

熊本城の石組みの中で、ここだけは特異な石の組み方をしてあります。表面を平らに加工し、隙間なく組み合わされた構図から「地図石」と古くから呼ばれてきました。熊本城の縄張りを表すとも、日本の地図とも、また熊本の城下町の地図とも言われてきましたが、明和6年(1769)に描かれた絵図には「御待合」と記されています。現在ではここは来客を遊興の場である数寄屋丸へ案内するための待合所の装飾であったと考えられていますが、石が99個使われていることから、城の長寿を願ったまじないという人もいます。



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数寄屋丸二階御広間

主に接客用として茶会、歌会、能などが催された書院造りの建物。西隅に宇土櫓と同規模の数寄屋丸五階櫓、東には地蔵櫓門を配し、南面には狭間や石落としを備え、実戦に十分耐えうる構造を持っています。
明治になると城内に鎮台が置かれ、数寄屋丸一帯は城内でも早い時期に建物が撤去されたことが分かっています。現在の建物は平成元年(1989)に市制100周年を記念して復元されたもの。



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無料で中に入れますが、見事に観光客の姿がありません。
その分落ち着いて見学できるのでありがたくはあるのですが。
展示資料は大天守や本丸御殿内のものに比べるとやや格落ち感あり。



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御広間。

味があるというかなんというか。嫌いじゃないです。



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いかにも座ってくれと言わんばかりの床几。
座って広間を眺めてみる・・・なんか寂しいぞ。



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その⑥の本丸御殿でも一度触れましたが、羽生善治名人と郷田真隆九段による第67期将棋名人戦七番勝負第二局が、平成21年4月21、22日に熊本城で行われました。
対局は数寄屋丸二階御広間で行われ、152手で郷田九段に軍配が上がっています。



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上座の間。
広さ12畳半。最も格式の高い部屋。


次回、熊本城最終回。


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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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