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熊本城⑦ ~不開門と現存櫓群~

本丸御殿を後にし、続いて本丸内にある長局櫓へ。
内部は休憩所で、冷房が入っているが入口が2方面全開になっています。
こういうのは全然内部の空気が冷えないしエネルギーの無駄だしで私的にはかなり気になるのですが、全面開放しているのがデフォな感じなのでそのままスルーします。



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本丸御殿の地下、闇り通路から本丸東側へ降りていく虎口状の階段。



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同じく本丸東側の階段。
現地説明板にも手持ち資料にもこの部分の説明は特にないのですが、本丸に直結する進入路のため縄張り上かなり重要な部分です。



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再び闇り通路。
田子櫓が特別公開中ということなので、そちら方面へ行ってみましょう。



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闇り通路から出たところ。
先ほどは矢印のあたりからこの場所を見ていました。



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高石垣。

ここまで建造物や展示物を多く掲載してきましたが、石垣も超一流です。
石垣部門だけで見てもこの城に対抗できるのは大阪城丸亀城など全国で五指にも満たないでしょう。



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本丸の西側は駐車場もあるためか大量の観光客がいましたが、こちら側は人がまばらにしか来ません。
比較対象にするため人を入れ込んだ写真を撮ろうとしたものの、なかなか次の人が来なかったので少し待ってしまった。



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本丸東側の一段段下にある櫓群。
北から五間櫓北十八間櫓東十八間櫓
これらの櫓は西南戦争の戦火も免れた現存櫓であり、いずれも国重文。

説明板によると、この櫓群に囲まれた空間にかつて御櫓番詰所があったようです。



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さらに東側下へ下っていく階段。正面の櫓は東十八間櫓。
ここを下っていくと須戸口門方面へ向かえます。

この場所にはかつて東櫓御門があったようです。復元整備の優先順位がこちらサイドはだいぶ低いような感じですが、ここに櫓門が復元されれば現存櫓群と相まって東側の景観もさらに際立ちそうですね。



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五間櫓の西隣、絵図によるとかつては六間御櫓があったところですが、現存していないため現在は開きスペースになっています。

そこから下を覗いてみると・・・あらびっくりの断崖絶壁。



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私は高所や断崖に出るととりあえず突端まで進んで下を見下ろすのが好きなのですが、ここもかなり危ない部類の場所ですね。石垣の傾斜が半端ないですよ。高所恐怖症の人は近づくことは不推奨。

写真にも写っていますが、石垣の下にいた人たちからすれば、高石垣の先端から身を乗り出している私のことを自殺志願者か何かに見えたかもしれません。気のせいか下の人たちが動揺していたようにも見えたし。



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不開門

城の鬼門である丑寅(北東)の方角に位置する門。陰陽道ではこの方角は塞いでも開け放してもいけないとされ、門は造るが普段は閉ざし、死人や不浄なものを運ぶときだけこの門を用いたという。
櫓門形式で、往時の熊本城にあった18箇所の櫓門の内、現存するのはこの不開門のみ。
旧国宝・現重文。



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不開門から降りると城外へ出ることができます。奥に見えるのは料金所。ほとんど人は見受けられませんが、こちら側から入城する人は全体の何%なのでしょうか。

料金所の上に見える建物は平櫓
あちらも現存櫓で、国重文。



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続いて南側へ。
本丸の東側一段下の曲輪は東竹の丸と呼ばれていますが、どこまでがそのゾーンに含まれているのかはいまいち不明。
パンフレットだと田子櫓周辺の平場に東竹の丸の表記がされていますし、公式ホームページには不開門や平櫓も含めて東竹の丸ゾーンとしています。



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このあたりの高石垣もすごいんですけれど、もう見慣れてしまっています。



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源之進櫓

現存櫓・国重文。脇から見ると高石垣上に建っていることが確認できます。



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続いて四間櫓十四間櫓七間櫓田子櫓
いずれも国重文の現存櫓。



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闇り通路内の案内にもあったとおり、田子櫓が特別公開中です。
説明板によると、現在の櫓は慶応元年(1865)に再建されたものといいます。
熊本城の櫓の名称には、大きさによるもの(○○間櫓)や方角によるもの(戌亥櫓・未申櫓)、管理していた人の名前に由来するもの(源之進櫓)などの種類がありますが、田子櫓の由来については諸説あるようです。判明していることは、鉄砲隊の道具を収納していた櫓であるということ。

内部の装備は屋根付き石落1基・銃眼7基・竪格子・突上戸など。
櫓内部からは石垣下を狙い放題。



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ここに限ったことではないですが、櫓は内側よりも外側から見た方が様になります。
今回掲載した現存櫓群も、高石垣の下から見上げるのが一番見ごたえがあるものと思われます。


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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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