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島原城③ ~4万石には過分な堅城~

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続いては西望記念館。城として見ると巽の櫓。
文化勲章を受賞した郷土出身の北村西望氏の彫塑が展示されています。
共通入館券で入れるということ。なるほど、こうやって観光客を強制的に誘導する手法ですか。



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美術面に疎い私でも「ああ、あの彫刻の作者の人か。」とわかる特徴的な作品がずらり。
有名な長崎平和祈念像の原型をはじめ、「加藤清正」「将軍の孫」など1階・2階は作品で埋め尽くされています。

3階はちょっとした展望室になっていますが、先ほど天守最上階からの眺めを見た後なので、一瞥して退出。
記念館の外にも作品は展示されており、「天草四郎」「日蓮上人」などは見ごたえあり。



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東側の堀を眺めながら次なる櫓へ。
さすが近世城郭、堀の幅も石垣の高さも十分。



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民具資料館。城として見ると丑寅の櫓。
内部はよくある昔の民具の展示。日本全国どこに行っても見られる内容なのでほぼスルー。



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丑寅の櫓脇から。
高低差あります。



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奥に見える建物が島原文化会館で、その一帯が二の丸。

ここで再び雨が降ってきたため、天守前に帰還。



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天守前の説明板。

現在の本丸は中心に天守があり、3隅に櫓がある以外はだだっ広い空間になっていますが、古図を見ると本丸内は非常に細かく仕切られていて、迷路のようになっていたといいます。また、現在の車が出入りする入場口ももともとはなかったらしく、本来は二の丸からの廊下橋門が唯一の出入口だったようです。
本丸内、ましてや天守には接近することすら難儀を極めたのですね。
この城の堅さは、島原の乱のときに一揆軍の猛攻を受けたもののびくともしなかったことからもうかがい知ることができます。

雨により本丸内の探索はここで打ち切り城外へ移動したのですが、改めてこの説明板を確認すると、御馬見所や西の櫓などを見ていないことに気が付きました。もったいないことをした。
手元のパンフレットを確認。なになに、西の櫓内部は全国名城画や各県のこけしが展示してあるという。
これは別に見なくてもいいな・・・。



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城外から。
南西隅の高石垣。見事です。
わずかに見える櫓が西の櫓。



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南面の高石垣と水堀。



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南東隅、一番堀幅が広くなっているところ。一面の蓮池になっています。
奥に天守、右に巽櫓。
この威容、明らかに4万石程度の小藩の持つ城ではありません。
10万石規模の大名に匹敵する城といわれていますが、それ以上のものではないかとさえ思えます。



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この城は基本的には方形を基調とした連郭式の縄張りですが、随所に小規模な折れ(屈曲)を伴っています。
特に城の南東面の石垣にそれは顕著で、防衛上の死角をなくすとともに、城の権威や美観を醸し出しています。




動画撮影。

秋のレンコン掘り大会まであと4日。



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所在:長崎県島原市城内1
評価:★★★★

暫定評価。車で天守の直下まで来ることができるのが趣を損なっているかもしれませんが、高石垣と水堀は100名城に選定されたのも納得の見事なもの。ぜひ堀沿いを一周歩いてみましょう。かくいう私も堀沿いを半周しか歩いておらず、二の丸や三の丸方面を見ることができなかったので、次回訪問時にはその辺を意識して探索したいと思います。その時にさらに評価が上乗せされる可能性は大。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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