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島原城① ~キリシタン王国~

100名城の一つ、島原城に到着。



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本丸内に入るといきなり層塔型の天守とご対面。

噂には聞いていたが、本当に天守のすぐ下までが駐車場になっているのですね。
せっかくの機会なので天守の真ん前に愛車を駐車し一緒に撮影。
これまでの探訪記で1枚目からいきなり天守の写真を掲載したものがあっただろうか。


島原城は長崎県島原市城内にあった城。別名、森岳城高来城
有明海に臨み、雲仙岳の麓に位置する。城郭の形式はほぼ長方形の連郭式平城で、高く頑丈な石垣が特徴である。本丸は周りを水堀で囲まれており、二の丸と廊下橋形式の木橋一本で繋がれている。橋を壊せば本丸を独立させることが出来るが、逆に袋の鼠状態になり、しかも廊下橋は、防備上矢玉が当たりにくくなるので、縄張りの欠陥とも言える。同じ事例に、高松城の天守郭(本丸)がある。また、天守は破風を持たない独立式層塔型5重5階(初重の屋根を庇として4重5階とも)で最上階の廻縁高欄を後に戸板で囲ったため「唐造り」のようになっていた。
江戸時代は島原藩の政庁であり藩主の居所であった。成立当時の領主である松倉氏の知行は4万石であったが、総石垣で天守と櫓49棟を建て並べた。火山灰や溶岩流でなる地盤での普請工事は困難であったとされ、関わった領民の一揆を引き起こす一因となった。
明治以降は廃城処分となり建物などは撤去され、現在は本丸に天守・櫓・長塀が復興され、城跡公園となっている。

(wiki参照)

櫓49棟っていうのは正しい数字なのでしょうか。巨城福岡城ですら櫓の数は47基で、それでも異常に多い数であるというのに。平屋建ての倉庫のような建築物もすべて櫓としてカウントしていたりして。ちなみに「島原城ポータルサイト」によるとこの城には要所に大小16の櫓が設置されていたといいます。こちらの数値の方が信憑性があります。



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天守入口のスタッフ。

写真を撮ってもいいですかと尋ねたところ・・・



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ポーズをとってくれました。
どうもありがとうございました。

一緒にどうですかと言われたが、もちろん丁重にお断りした。

・・・さて、天守入場は540円と割高。共通入館券で城内にあるほかの施設にも一緒に入ることができるということだが、私の経験上、こういった抱き合わせ的な手法はメイン以外の展示は全く興味をそそらないことが多い。
共通じゃなくともいいからその分安くしてもらった方がありがたいのだが、販売方法が共通券の一択しかないので、選択の余地なく購入。

忘れちゃいけない100名城スタンプも天守入場受付で押印。やや薄めだが良好の範囲内。
これで今回の旅7つ目、トータル81城目のスタンプ。なんだかんだでこれまですべて無事押印できています。



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備え付けの通常スタンプも押印。

最近特に思うことですが、こういった通常スタンプも押印方法を考えた方がいいかもしれませんね。私はいつも現地にある備え付けの用紙(なければ近くにあるチラシの裏)に押しているのですが、数が多くなるとかさばるし散逸の可能性も高まるので、専用のノートか何かを作るべきかもしれません。



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(左)鉄腕DASHで使用された鎧兜の展示。・・・ってよく見たら展示されてるのは鉄腕軍ではなく対戦した島原軍(市民30人)の大将が着用したもの。はたして価値があるのだろうか。

(右)こっちは着用可能な鎧兜。家族連れが着用して写真撮ってました。



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展示室へ。階段を上がって2階からが展示室だった記憶があるのだが、手元にあるパンフレットだと1階がキリシタン資料展示室とあるので、多分1階だったのでしょう。

この施設は全館写真撮影可ということなので、無駄に多くの写真を撮ってしまった。
いくつかピックアップして掲載。



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水墨画風鳥瞰図。



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(左)象牙製マリア像。

(右)織部灯篭。
十字架の形が隠され、吉田織部が好んだという。別名キリシタン灯篭。



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(左)影絵・踏絵。

(右)天草四郎陣中旗。オリジナルは国重文。
西ヨーロッパの十字軍旗、ジャンヌ・ダルクの旗とともに世界三大聖旗と言われている。らしい。



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殉教の地・雲仙地獄。

新領主松倉重政は厳しくキリスト教を取り締まり、雲仙火山を拷問と処刑場に利用したという。
この悲惨な様子はヨーロッパにも伝わり、モンタヌス画「地獄責め図」が残されている。



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島原の乱・天草四郎時貞。

松倉勝家は父・重政と共に島原城とその城下町の新築、参勤交代の費用、計画のみで頓挫したルソン遠征の準備など種々の口実を設け、また独自に検地を実施して実質4万石程度の石高を10万石と過大に見積もり、領民に10万石相当の過重な年貢・労役を課した。これには豪勢な島原城を改築(城を全面白色に塗色するなど)し、他藩に自己の存在をアピールしようという意図があった(外様大名故のコンプレックスがあったと小和田哲男が指摘している)。さらに、領内に多かったキリシタンへの弾圧も残忍を極めた。
寛永7年(1630年)父・重政が急逝した後を受けて藩主となってからは、父をも凌ぐ過酷な収奪を行って領民を苦しめた。寛永11年(1634年)は悪天候と旱魃から凶作となったが、勝家は容赦せず重税を取立てた。米や農作物の徴収だけでなく、人頭税や住宅税などありとあらゆる税を新設して厳格に取り立てたことが多くの記録に残る(『鍋島勝茂公譜』、オランダ商館長ニコラス・クーケバッケルの日記など)。
やがて勝家は年貢を納められない農民や、村の責任者である庄屋から、妻や娘を人質に取るようになる。前述のクーケバッケルや島原の乱の記録を残した長崎のポルトガル人ドアルテ・コレアは、人質の若い娘や子供に藁蓑を着せて火をつけ、もがきながら焼死する姿を「蓑踊り」と呼んでいたという記録を残している。
『黒田長興一世之記』によれば、寛永14年(1637年)10月、口の津村の庄屋・与左衛門の妻は身重のまま人質にとられ、冷たい水牢に裸で入れられた。村民は庄屋宅に集まり何とか年貢を納める方法を話し合ったが、もう出せるものは何もなかった。庄屋の妻は6日間苦しみ、水中で出産した子供と共に絶命した。たまりかねた領民は、10月25日ついに蜂起し、代官所を襲撃して代官を殺害した。これが島原の乱の始まりである。

(wiki参照)



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島原の乱の中心・原城攻防図模型。
原城に立て籠もった一揆軍の意気は高く、幕府軍は12万の軍勢で取り囲み兵糧攻めをとる。
南有馬中学校生徒が製作。



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原城攻防図。
幕府大名軍の配置がよくわかるもの。


戦国時代の終わりに、ポルトガル人が相次いで来航して、新しいヨーロッパ文化を伝えました。島原地方にもキリスト教をはじめ南蛮文化が栄えました。
当時の領主・有馬晴信は南蛮貿易を積極的に進め、自らキリシタン大名となってキリスト教を保護しました。それで島原地方はキリシタン王国のようになりました。領内各地に教会が建てられ、有馬にはセミナリヨ(初等神学校)が、後では加津佐にコレジオ(高等神学校)が開かれました。当地の千々石ミゲルたち4少年は、はるばるローマまで旅立って、教皇に拝謁するという快挙を成し遂げたのです。この東西交渉史上の輝かしい1ページは、ここ島原から始まったのです。
禁教時代のコーナーでは、激しい弾圧の中でも信仰を続けた多くの証を集めています。
盛んなキリシタンでしたが、豊臣秀吉の宣教師追放令から始まる江戸幕府の禁教令と鎖国令によって一変します。激しいキリシタン弾圧が始まり、領民は棄教するか命を奪われるかの厳しい選択を求められたのです。
このような厳しい時代の中にも、信仰の自由を守り通した人々がいました。そのような人たちを隠れ(潜伏)キリシタンといい、他人の目に触れないように、イエスやマリアの姿を他の像になぞらえて信仰を続けていました。隠れ(潜伏)キリシタン関係の収集資料としては全国的にも有名で、貴重な資料が多く展示されています。
島原の乱コーナーでは、全国を震撼させた一揆の様子を物語る史・資料を集めています。
有馬氏に代わって、松倉重政が新城主として入国しました。新城主は島原城を築城して、島原地方の治世を強力に推進した。しかし子・勝家(重次)の代になると、領民への苛政が続き、島原の乱が起こります。
3万もの一揆農民をまとめた天草四郎の絵、3ヶ月にわたる激しい戦いを描いた攻防図、当時使われた手作りの槍や打ち込まれた砲弾など。原城跡に篭城した農民たちは全滅させられましたが、彼らが祈り続けたであろう黄金製の十字架は、その悲劇の目撃者です。
乱の後、島原領南部一帯は亡所となりますが、次第に復興しました。しかしその後、厳しいキリスト教の取締りが行われました。踏絵や禁制立札、宗門人別帳などはそれを物語っています。

島原城ポータルサイト参照)


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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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