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鍋島陣屋 ~緋寒桜の郷~

引き続き鍋島陣屋へ。
陣屋周辺は昔ながらの雰囲気を残す町並みで、経験上こういったところは車を停めるところが難しいケースが多い。路駐なんかとてもできる空気ではありません。
が、雲仙市歴史資料館国見展示館の手前に無料駐車場が整備されており、この心配は杞憂に終わりました。ありがたい。

駐車場には以下の説明板が設置されています。



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雲仙市神代小路重要伝統的建造物群保存地区。そして緋寒桜の郷「神代小路」

出ました、重伝建
最近行ったところでは篠山や出石もそうでしたね。

神代地区は中世には神代貴益の支配下にあったと伝えられる。戦国時代には神代氏は龍造寺氏と対立し、のち、その配下に入る。その龍造寺氏も天正12年(1584年)、龍造寺隆信の戦死によって崩壊し、神代地区は佐賀藩鍋島氏の支配下となった。当地区には鶴亀城神代城)があったが、一国一城令により廃城となっている。
1608年(慶長13年)に佐賀藩初代藩主鍋島勝茂は、重臣で自身の伯父にあたる鍋島信房に当地を含む高来郡内4ヶ村を与え、佐賀藩神代領が成立した。その後、元禄期の第4代当主鍋島嵩就の代に鶴亀城の東側に現在の神代小路が整備され、武家屋敷群が形作られた。神代小路の北西にあった陣屋の跡には鍋島邸が建ち、国見神代小路歴史文化公園鍋島邸として整備されている。
2005年(平成17年)に重要伝統的建造物群保存地区として選定され、2006年(平成18年)には平成18年度都市景観大賞「美しいまちなみ大賞」を受賞した。

(wiki参照)

ちなみに「神代小路」、「こうじろくうじ」と読みます。
初見ではなかなかそうは読めませんね。



P9240300.jpg
正面入口の石塀と長屋門。これらは元禄時代(1688~1704)に建立されたといいます。

神代領は佐賀藩の飛領地であったことから、代官所として鍋島陣屋が築かれました。
寛永14年(1637)の島原の乱では幕府方の重要拠点に利用されたともいいます。



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入口脇の表示。生垣の剪定が必要かも。

時間もないので外観だけさらっと確認して出発しようと思っていたのですが、欲を出して少し内部に入ってみることにしました。



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正面の長屋門を右手に回ると受付。ここから先は有料区間。
鍋島邸は建物内は見学できないが、有料で庭園を見学することができます。



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受付の方の了承をとって、周辺の写真を撮らせてもらいました。



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鍋島邸全景と官報。
2007年6月18日、鍋島邸は国の重要文化財に指定されました。



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鍋島邸の前にある神代小路案内板。
先ほど見学した鶴亀城の範囲も記載されています。
鶴亀城および陣屋を含めた城下町全体が小さな総構えになっているように感じます。



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神代小路・武家屋敷群。



P9240313.jpg
同じく神代小路・武家屋敷群。
情緒あふれる町並みです。



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小路沿いにある長屋門。



P9240316.jpg
ふとした路地隅にもこういった碑が建っており、歴史ある路地であることが感じられます。



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所在:長崎県雲仙市国見町神代丙
評価:★★

鍋島邸はもちろん、重伝建保存地区に指定された町並み全体が見どころ。古い小路には随所に折れや門跡があり、町並み全体が防御施設と言えます。緋寒桜の時期に町並みをのんびり見て回るなどしてみたいですね。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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