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陣笠城 ~平戸瀬戸を見下ろす要衝~

日没により本日の宿営地へ移動中。



P9230619s.jpg
平戸大橋を渡り九州本土へ再上陸。
この時、近くに時間があれば立ち寄っておこうかと下調べしておいた城があったことを思い出す。
ついでだから行ってみましょう。



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たびら平戸口駅の北西、この写真正面の小高い山の山頂部分に城は築かれていました。
地図では城山公園と記載されており、頂上付近まで車で行けます。
唐津街道から北に入り、少し進むと「城山公園」への案内表示があります。
表示を左折し、道なりに進むと終点の駐車場に到着です。



P9230624s.jpg
駐車場で説明板発見。わざわざ来た甲斐がありました。
草に埋もれていたので、掻き分け作業をしてあげましたよ。

延徳2年(1490)から永正年間(1504-21)にかけて、田平里城主「峯昌」と弟に当たる平戸「松浦弘定」との間に争いが起こった(平戸田平合戦)。そのとき田平方の主陣がここに置かれ、昌方の援軍有馬氏の大軍もここに布陣して、平戸の勝尾獄城箕坪城を攻撃したと伝えられている。田平港背後の高地で標高73m、平戸瀬戸と平戸城下が見渡せる位置にある。江戸時代には船の航行を見張る番所がおかれた。
(説明板参照)

「遺構の確認には至っていない」とあります。消滅したか、埋もれてしまったか、はたまた改変されたか。
少なくとも表面上は視認できない状況なのでしょう。



P9230625.jpg
公園と呼ぶには謎の整備状況。こう感じるのは暗がりの時間帯だからというだけではないでしょう。
遺構よりも説明板のほうが重要なので、もうここには用はありません。
雨降りの夜にこんなところに分け入るほど私は常軌を逸してはいませんよ。



P9230629.jpg
下山するとき、道路上に🐗が現れた。
追い立てるつもりは毛頭なかったが、他に逃げ場がないため路上をしばらく併走し、最後は側溝に飛び込んでしまった。脇で止まってくれていればそれでよかったのに。



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所在:長崎県平戸市田平町山内免
評価:

わざわざ遠隔地からこの城を見に来る人物というのは、城について研究している大学教授ですら及ばないような日本トップクラスの城マニアだけに限られるでしょうが、そういった先人たちの記録を見ても皆一様になにもない、頂上に削平地があるのみ、と記してあるので、本当に遺構としては何もない状況なのでしょう。頂上の削平地も公園整備時に改変されたものと思われます。無論ここにわざわざ来るようなレベルの人間ははなから遺構を目的としてはいないでしょうけれどね。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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