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小五郎の砦 ~小五郎義貞が育つ~

旧榛名町の城館・その㉗

旧榛名町の城館編も、ようやく残すところあと少しになってきました。

さて、今回掲載の小五郎の砦は里見義忠の三男・里見小五郎が幼少期を過ごした場所といいます。
地元の伝承では、この場所で成長した小五郎は後に新田家に養子として迎えられ、新田義貞になったとされています。里見館上大島館も参照。

『新田正伝記』、『新田族譜』、『里見系図』などの史料は、義貞が里見氏からの養子であることを示唆している。義貞養子説は有力な見解とされているが、十全な確実性には欠けている。
(wikiより)

また、建武三年(1336)、新田氏と足利方の佐野義綱が板鼻で戦闘を行っており、それに関連する砦とも考えられています。

場所はR406「上大島」のバス停がある交差路を南に入り、眼前の台地先端部になります。少々わかりにくい。



PA200105.jpg
榛名町誌の図を頼りに現地到着。民家敷地となっているため奥には進まず。
榛名町誌本文に掲載されている写真は、ここの北東側段下の道路から撮影されたもの。



PA200103.jpg
なんだかよくわからない写真ですが、崖下の北側から見たもの。
丘陵崖端部を占地していることが伺えます。



PA200104.jpg
崖下100mほど先の地点。榛名町誌の図で「館址」と記載されている場所。
若田原丘陵の北崖端部に位置する砦と、その裾部の平坦地に築かれた居館はセットであったと考えられているが、現在畑となっており遺構は皆無。



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所在:群馬県高崎市若田町
評価:

館址の所在は下里見町の小五郎谷戸に該当しますが、砦の方の所在で記載。砦があってもおかしくない周辺地形ではありますが、背後の若田が原方面から攻められれば防御施設が全くないためひとたまりもありません。この点について、榛名町誌では「里見・大島方面を正面に指向する、里見地域城の正面防御の砦ではないか」としています。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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