FC2ブログ

記事一覧

宮沢の砦 ~清水主膳の砦~

旧榛名町の城館・その㉑

ついに環境依存文字の出番。
宮沢字下宮沢にある長光寺の西、現清水氏宅周辺が内出と呼ばれているという。
箕輪城の三内出の一つといわれているそうな。

駒寄の砦からr154で宮沢地区へ。



PA080238.jpg
起伏の大きい丘陵地帯を進み、長光寺着。
県道からの入り口には看板もあるので、見落とさなければたどり着けます。



PA080239.jpg
寺の西側が砦の中心とのことですが、寺のある東側の方が地形的には高くなっており、ここまで砦域として取り込んでおかないと防御が覚束ない感じです。
むしろ寺の境内を主郭にした方がしっくりくるほどです。



PA080241.jpg
長光寺は、元禄のころ清水氏が上宮沢から移したものという。
一応境内も徘徊。
もちろん城館の表示物はなし。



PA080245.jpg
西側、民家部分をそのまま掲載するのはさすがに気が引けたので、少し北側の写真。
切岸状の地形が確認でき、榛名町誌の図と一致します。



PA080246.jpg
長光寺北側の地形。


砦将は清水方記、主膳貞義といわれています。
旧宮沢村の解説に清水主膳の名があったので転記します。

江戸期~明治22年の村名。群馬郡のうち。はじめ高崎藩領,元和元年安中【あんなか】藩領,寛文2年幕府領,同6年河中島藩領,同12年幕府領,延宝6年安中藩領,元禄15年旗本杉山・川勝・牟礼3氏の相給,元文年間旗本杉山氏と幕府の相給,明和元年旗本杉山氏と安中藩領の相給。承応3年の御縄打水帳(郷土誌久留馬村)によると,上田2反余・中田1町余・下田1町余・下々田3反余,上畑1町余・中畑1町余・下畑37町余・下々畑16町余で計60町余。村高は,「寛文郷帳」264石余うち田方24石余・畑方240石余,「元禄郷帳」321石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに313石余。明和元年の村明細帳(清水家文書)によれば,合計高313石余,家数117,馬13,人別514うち男283・女231,・当村への出作は神戸村から畑9町余,三子沢村から畑2町余,高浜村から畑1町余,下室田村から畑2反余,当村より出作は下室田村へ9反余,二子沢村へ田畑合3町余,十文字村へ畑1町余,猟師鉄砲1,四季鉄砲3。嘉永5年の宗旨人別改帳(同前)によると,旗本杉山氏領名主八之丞9組,長純寺58うち男26・女32,長光寺64うち男30・女34。前出村明細帳には助郷なしとあるが,天保13年の中山道板鼻宿寄場宿村組合内議定書(同前),万延2年の安中宿増助郷免除願(同前)などにより,文政年間から板鼻宿定助郷村であったと思われる。当村は榛名【はるな】山南麓中野秣場札元13か村の1つ。宝永元年中野秣場に西接する上室田・中室田・下室田3か村の内野秣場との境論があり,元禄17年裁許となっている(新井宗雄家文書)。また,宝暦10年には中野秣場野付6か村が札元13か村を訴え(神沢家文書)争論となった。幕末の改革組合村高帳によれば,板鼻宿寄場組合に属し,高313石余,家数86。明治元年旧旗本領は岩鼻県,同4年安中藩領は安中県からともに群馬県,同6年熊谷県,同9年群馬県,同11年群馬県西群馬郡に所属。同17年戸長役場を高浜村に設置した。「郡村誌」によれば,村の東西16町24間・南北1里3尺,税地は田5町余・畑72町8反余,改正反別で田8町4反余・畑84町4反余・宅地9町1反余・山林雑種地302町9反余,貢租は地租米18石余,金120円余,戸数95・社2・寺1で計98,人数男208・女204で計412,ほかに出寄留男2・女5,馬31,物産は繭36石・生糸3貫・絹55匹。長光寺に仮設された宮沢学校は,明治18年の学区改正により高浜・本郷・十文字各学校と合併し,旧高浜学校跡を本校とする西群馬第十九小学校宮沢分校となり,翌19年の小学校令に伴い高浜尋常小学校宮沢分校となる(久留馬村誌)。谷津川畔に近世以来の共有水車があるが,農業と兼業の米麦賃搗挽・製麺などの水車業もこの頃から開業している。字行人塚に村社抜鉾神社,字東原に天台宗長光寺があり,開基は箕輪城主長野氏の臣清水主膳貞義,開山は英光法印と伝えられる(同前)。明治22年久留馬村の大字となる。

角川日本地名大辞典(旧地名編)より



==============================================
所在:群馬県高崎市宮沢町
評価:

砦の西側は崖、北面は小流によって限られ、南側はかつて長光寺用水という堀が巡っていたといいます。遺構はそれほど明確ではありませんが、このクラスの城館にしては珍しく沿革が定まっていたため評価プラス。
==============================================

関連記事

コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

コメントの投稿

非公開コメント

カテゴリ

プロフィール

KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

フリーエリア

Twitter

スポンサーリンク

カレンダー

04 | 2020/05 | 06
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -

メールフォーム

お問い合わせはこちらからどうぞ

名前:
メール:
件名:
本文: