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榛名神社(前編)

旧榛名町の城館編の途中ですが、ここで榛名神社の紹介を入れたいと思います。
私は全国一ノ宮の巡拝をしているほどなので神社についてもそれなりの関心はある方なのですが、今回この神社を訪れた主の目的はやはり城館探訪。
榛名町誌付図を見るに、この神社近辺に2つの城館があるようです。

ついでにと言っては失礼ですが、久々に榛名神社にも立ち寄ってみましょう。



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神社へ登っていく途中にある「一ノ鳥居
神社参道前にある二の鳥居は、ここからさらに5km以上山を登らなければなりません。

このあたりまでは快適に車を走らせていたのだが・・・



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な、何事!?
榛名湖へ向かう道と神社へ向かう道の分かれ目の手前あたりから大渋滞。全然進まん。

そういえば数年前にこの神社が関東屈指のパワースポットだか何だかで大々的に紹介されていたことがあったっけか。あんなのマスコミと結託したステマだと思っていたが、この反響ぶりはとんでもないな。予想外です。

一度列に入ったら、一番奥の駐車場に入るまで脱出不能になってしまった。
げっ、駐車料金かかるのか!?

私は駐車料金ほど嫌いなものはそうそうありません。以前は資料館の駐車場に停め、そこからてくてく歩いて行ったので当然無料だったのですが。この日はどこもかしこも満杯で選択の余地なし。

車から降りると、今だ駐車場に入れぬ車の列・・・
これは周辺の人にも観光客自身にもいい迷惑で、駐車場整備は必須ですね。有料もやむなしか。

神社に一番近い駐車場に止められてラッキーと思っておきましょう。



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ニノ鳥居
ここから本殿まで約550mの参道です。



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随神門」(国指定重要文化財)
二ノ鳥居をくぐり随神橋を渡った正面にある八脚門で、神仏習合時代には運慶作と伝えられる仁王像が置かれた仁王門であったが、現在は明治39年(1907)に祀られた随神像が祀られてます。

さて、この随神門の手前を右手に曲がり誰もいない道を登ってくと、榛名町誌に記載の2つの城館の一つ・芦田小屋へ向かうことができるようです。

芦田小屋



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由緒書きと案内図。
いつ見ても奇岩だらけの地形だなあと思う。

それにしても人が多すぎですよ。



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ちなみに直近でこの地に訪れたのはこの御朱印を貰った時。
この時も私が普段探索しているマイナー山城に比べれば人が多いなあと思ったものでしたが(但しじいさんばあさんばかり)、今回はその時とは比較にならない人出。



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みそぎはし」を越え参道を進む。

多くの人が参道を歩いていますが、とりわけ若い女子が多い。
歴女という言葉ができて久しいが、城館めぐりをしていてそのような人物に遭遇したことがない私にとってこれは新鮮です(さすがにいつもマイナーなとこばかり巡りすぎか)。
山ガール風の女子というのもここで多く見かけました。本格登山を開始してまだ日が浅い私ですが、100名山クラスの山に行って見かけるのは山ガールならぬ山おばさんだけだったので、こういうファッションの女子が実在するのを初めて見たといっても過言ではありません。山ガール風の子というのは山歩きの格好をしていても本格登山をするわけではなく、せいぜい山の中にある神社仏閣に出没するということか。
さらに言わせてもらうと、やたらミニスカだったりホットパンツだったりの服装も目につきます。
総じて若い女性はみんなおしゃれで、これは首都圏を中心とした都会の子が多く訪れているということなのでしょう。地元の子はこんなにおしゃれではないでしょうし(超失礼)。いずれにせよ自分より若い子が多いというのはいいことです。服装で若そうに見えてるだけかもしれんが・・・

このような状況下では並の神経なら写真を撮るのを控えてしまうところでしょうが、普段から城館址の学校などで危険な思いをしながら写真を収めている私からすれば、この程度は気にするほどでもありません。
[注:管理人は特殊な訓練を積んでいます。よい子は真似をしないように]



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鞍掛岩
渓流の対岸の中腹にあり、元々は洞窟だったところが奥の岩が落ちて上の部分が丸く半円を描くアーチ橋のようになっています。



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渓流が美しい。



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石畳の参道は勾配も緩く歩きやすいです。



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千本杉
樹齢100年~400年前後。



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塩原太助奉納玉垣
塩原太助は群馬県利根郡新治村(現在みなかみ町)に生まれる。江戸の炭屋山口屋で奉公。勤勉な働きぶりで蓄財に励む。裸一貫から身を起こし、大商人に成長。富豪になってからも謙虚な気持ちで清潔な生活を送り、私財を投じて道路改修や治水事業などを行った。三遊亭円朝の「塩原多助一代記」でも有名な江戸時代の豪商。
本所に過ぎたるものが二つあり、津軽屋敷に炭屋塩原
その塩原太助が、江戸へ出る時に榛名神社に祈願をし、成功した後、御礼にこの玉垣を奉納したということです。

左手の頭上には朝日岳・夕日岳の岩壁。



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三重塔(神宝殿)
1869年(明治2年)に再建された高さ30mの塔で、神社残存の層塔としては群馬県内唯一のもの。明治時代以降は神宝殿と呼ばれ、天之御中主神(あめのみななかぬしのかみ)をはじめとする五柱の天神を祀っている。廃仏毀釈の時には完工直後だったため取り壊しの難を免れたといわれている。

神仏習合の名残りを留める貴重な建造物です。



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三重塔脇には「三ノ鳥居」があり、その奥には「御庁宣の碑
建久元年(1190)上野国司に下された留守所下文と呼ばれる古文書を忠実に彫りこんだもの。この古文書は榛名神社最古の文書とされ現在は榛名町歴史民俗資料館に保管されています。



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落石防護トンネル。

この中にも「塞神社」(さいのかみしゃ)などの見どころがあるが、光量不足で写真がぶれたのでカット。



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トンネル出口にある「神橋」。「行者渓」の深い谷に架かっています。

以前来た時より新しく感じたのでペンキ塗り替えたのかなあと思ったら、平成21年暮れに新しく作り変えたとのこと。当時80歳を迎えたんだとか。



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そしてこれが行者渓。
安藤広重六十余州名所・版画絵の中に「上野国榛名山雪中」として選ばれたところです。

前回来た時はここの水が凍結してたっけ。



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左手頭上に見えるは「東面堂
江戸時代まで神仏習合の形態をとっていた榛名神社の名残で、当時は岩の中に須弥檀が設けられ千手観音像(秘仏)が安置されていたとのこと。歌川広重が描いた「榛名山雪中図」にも東面堂の姿が見られるが、江戸時時代初頭に発令された神仏分離令により仏式が廃され、現在のような岩に扉を閉めたような姿になったようです。



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萬年泉
雨乞いの神様。
「古来農村日照にて苦しむとき、この御神水を竹筒にいただき祈願を受け村に帰り田畑にまけば必ず霊験あり」



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萬年泉の前の石段を上ると「御水屋」で、そこから対岸に見えるのは「瓶子の滝(みすずのたき)」
滝の名前は落ちている両脇の岩を瓶子(みすず)岩と呼んでいたことによります。瓶子は神に供える神酒をいれる器のことで、滝の水、御水屋の水ともに境内の湧水です。

遊歩道から滝壺まで降りて見ることもできます。



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御水屋から本殿へ。


だいぶ端折って書いているのに掲載量が多くなりすぎたので分けます。

後編

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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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