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芦田小屋 ~地蔵峠への道を抑える~

旧榛名町の城館・その⑮

榛名神社の随神門の前から地蔵峠・天狗山方面へ向かう道を少し登ったところに芦田小屋があるという。
永禄九年(1566)武田信玄が箕輪城を攻めた時、家臣の芦田幸成が信玄の子・勝頼の軍の兵站として陣屋を置いたためにこの名が付いたといいます。

ということで観光客であふれる榛名神社参拝から城館の探索へと切り替えます。
もちろんこのどうしようもなくマイナーな城館探訪の方が個人的メイン。



PA080155.jpg
時系列的には神社参拝を終え最後に向かったのがこの芦田小屋の探索になります。
「みそぎはし」を越え随神門の手前に山手に登っていく階段発見。
これこそ芦田小屋へ続く道と思い勇んで登ってみるが・・・



PA080159.jpg PA080157.jpg
石段上から振り返って。
左:随神門 右:みそぎはし



PA080160.jpg PA080163.jpg
SHIT!道が消滅!

藪城を主戦場としている同士にのみ発見可能な踏み跡があるのでそれを頼りに奥へ進むも、終いにはそれすら消滅。完全な山の斜面となり撤退。



PA080164.jpg
途中奥に見えた不思議な形の岩が「鞍掛岩」の裏側だった模様。

ところどころ木にリボンテープが巻かれていたので、あの岩の裏へ回る道の印だったのかもしれません。
現況は道など存在していませんが。



PA080167.jpg
さて、正解の道はちゃんとした登山道になっています。
標識もあるので安心。



PA080182s.jpg
「二ノ鳥居」と「随神門」の間にあるこの道ですね。



PA080171.jpg PA080172.jpg
当日持参している資料は榛名町誌附図の写しのみなので、城館の位置はだいたいの場所までしかわかりません。なので城館レーダーに微弱に反応する地形を見るととりあえず写真を撮る羽目に。

ここだろうか、それともあそこだろうか、と怪しい地形を写真に収める。傍から見るとお前が怪しい。



PA080175.jpg
しばらく道を登ると「天狗山・鏡台山」と「地蔵峠」との分岐点に出ます。

その背後に目をやると。



PA080176.jpg
おっ。石垣発見。
榛名町誌にこの石垣についての記述があったことを思い出し、ようやく位置の特定ができました。

この石垣がいつの時代のものかははっきりしていないようです。見た限り江戸期かそれより古いものであってもおかしくはありませんが、いわゆる近世城郭のような防御を意識した石垣とは別の物のように感じます。
どちらかというと土留めや建築物の基礎工事のための石積みといった感じでしょうか。



PA080177.jpg
石垣の上は平場があるだけ。


室田の鷹留城箕輪城とを結ぶ道は、白岩観音の下を通るのが一般的だが、迂回路として地蔵峠の道もあった。今でこそ荒れているが、かつては国府や箕輪方面から榛名神社を参拝するにはこの道が利用された。当時としては幹線道路だったろう。
(榛名町誌より)



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所在:群馬県高崎市榛名山町
評価:

現在ではハイカーくらいしか訪れることのない地蔵峠への道も、当時は上記のような重要性があったため、武田軍もこの道を抑える必要がありました。この当時はすでに榛名神社は武力を保持していなかったようで、境内も城郭としては見られておらず、それゆえ芦田軍は榛名神社でなくここに陣を敷いたとされています。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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