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里見館 ~里見義俊の菩提寺~

旧榛名町の城館・その⑪

旧榛名町の里見地区。この地は「里見八犬伝」で有名な南総の里見氏の発祥の地になります。
里見城の項も参照のこと。

さて、中里見町にある光明寺の東側が里見館の址という。



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光明寺。やはり目標物があると到達が容易でありがたい。
新田義重の庶長子(妾腹の長男)・里見義俊(里見氏の開祖)がこの地に館を構え、嘉応2年(1170)の没後は、ここで里見氏の菩提を弔ってきたといいます。



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智泉院の旧跡

智泉院は光明寺の塔中の一つとしてこの一郭に建てられ、火災により灰燼に帰したが、御本尊は難を逃れ現在光明寺に安置されている。
寛保二年(1742)八月一日の烏川の氾濫で里見氏十代の墓石が消失したが、その後この地域から貴重な宝篋印塔などが発掘され、里見氏の供養塔と判明した。云々。

(説明板より抜粋)



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光明寺の地蔵尊

正徳三年(1713)三月造立で、町内(旧榛名町)第三位の古さ、かつ最大規模の地蔵尊。



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境内には「新田義貞公旧里碑」というものもあります。


さて、思いのほか見るべきところがあった境内ですが、目的地はあくまで里見館址。
寺の本殿の前を突っ切って(犬がうるさし)敷地の東側へ出ます。



PA070066.jpg
いきなり城館レーダーに反応あり。
土塁状の地形発見。



PA070065.jpg
その写真。後日榛名町誌を確認したところ、まさにこれと同じ場所の写真が掲載されていました。

館は方100mほどの規模で、中世の館としては一般的な方形館の形態をしています。
内部は現在民家の敷地となっているため、外側からの軽い見学にとどめました。



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所在:群馬県高崎市中里見町
評価:

光明寺東側だけでなく、光明寺境内も館址だった可能性は充分あります。山崎先生は「義俊の館址をここと断定してしまうのは早計で、里見義時の里見地域城の核堡がここかもしれない」と推定しています。光明寺の境内にはこのほか茶人・千利休の供養碑や同寺に祖先の墓があるという中曽根大勲位(元首相)の句碑もあります。お暇ならぜひ探してみてください。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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