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神戸の砦 ~自衛のための武装~

旧榛名町の城館・その⑩

三ツ子沢の砦から次の目的地の戸榛名神社へ向かう。
この神社境内一帯が神戸の砦の址という。

この二つの砦、距離は近いがそれぞれ別の高台の上にあるため、移動には一度谷の下に降りて再び登らないといけません。



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狭路の急坂を下る。この道は「旧金井原道」というらしい。



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谷底の開けた道に出る。こちらの道は「旧宮澤道」。

 

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戸榛名神社へと続く道を発見。この参道は「大野道」と呼ぶようです。



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ちなみに参道に登る前、南側の麓には「旧善秀寺 御祖師堂」があります。
隣には神戸公民館があるので、このあたりに砦将(あるいは神社勢力)の平時の居館があったかもしれません。



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さて、参道を登っていくと神社鳥居が。しかしこの場所は車を停められません。
先へ進むと駐車場があります。



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神社本殿前。3段ほどの削平地が見られます。



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本殿から鳥居方向。

この砦を大軍で守るという状況は想定しにくいですが、敷地は広いのでその気になればそこそこの兵力を収容できます。



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神社背後は土塁状の地形で固められており、現地の状況は概ね榛名町誌に掲載されている図と同様です。


この砦の役割は、沖の住吉城鷹留城との連絡の確保、及び烏川を越えて攻めてくる武田勢の撃退にあったとされます。しかし永禄九年(1566)武田信玄の箕輪・鷹留攻めの時は、宮司(砦将)桜沢伊賀守は降伏したが社殿は武田軍に焼き払われたといいます。

その後は砦としての役割を終え、元亀三年(1572)には社殿の修復が行われ武田氏から禁制を得ています。



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砦から見た安中方面の景色。正面は比高50mほどの急崖になっています。

奥に連なる山地には対武田の防波堤として雉郷城御嶽山の砦といった城砦群が築かれています。



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所在:群馬県高崎市神戸町
評価:

自然地形を上手く利用して築かれた砦です。
「神社が武装するのは社殿や所領を守るためであり、積極的に他の地域に進行するものではなかった。高崎の雄進神社(高井屋敷)・慈眼寺・吉井の辛科神社(神保館)等その例は多い」(榛名町誌)
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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