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古谷館 ~幻の勝頼居館~

小谷館(城郭大系)・古屋館とも。
一般的には潜龍院跡の名で知られています。

この日の記事でちょろっと書いて以来在庫の山に埋もれていましたが、ようやく掲載が追いついてきました。
未紹介物件はまだ県内だけでも消化するのに数年はかかる数が残っているのですが、なんだかんだいって在庫の数は確実に減ってきています。新規登城のない夏の間にもうひと踏ん張り。



PC310121.jpg
上記の記事で掲載した写真。潜龍院跡から見上げた岩櫃山です。

今回はその時の詳細記。



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まずは岩櫃山南の古谷地区より見上げた山容。

相変わらず険しい姿で、この険しさは部分的には妙義山にも引けを取らない。



PC310101.jpg
こちらは密岩通り登山口付近からの岩櫃山。

今でこそ私は本格的な登山にも足を踏み入れていますが、この当時はまだこの山を登ろうという気にはなれなかった頃です。この日も登山口はスルー。



PC310102.jpg
古谷T字路を右折し、「旧赤石通り」の表示に従う。

このあたりの道はものすごく狭く、駐車スペースもありません。
自分はやむを得ず古谷T字路付近の路肩で通行の支障にならなそうな場所に停めましたが、あまり推奨できません。



PC310105.jpg
狭い道路を進み、広場に出る手前で道がひときわ狭まります。
位置的に虎口の跡かもしれません。

小型車ならここまで何とか入ってくることができるかもしれませんが、やはりおすすめしません。

先に進むと石垣と説明板が目に飛び込んできます。



PC310111.jpg
潜竜院跡

戦国時代の天正十年(1582)三月、甲斐の武田勝頼は織田・徳川の連合軍に攻められていました。軍儀の席上、真田昌幸は岩櫃城に勝頼を迎え入れ、武田の再挙を図ることを提案して許されました。昌幸は急ぎ帰国し、岩櫃山南面のこの地に勝頼を迎えるための御殿(現在は石垣が残るのみ)を三日間で造ったと言われています。
しかし、勝頼は吾妻の地に来ることかなわず天目山で自刃してしまいました。このときに勝頼が吾妻に赴いていたならば、この地は戦乱の舞台として時代の中心的立場に置かれていたことも十分に推測されます。
急造された御殿は昌幸の一族である根津潜竜斎という山伏が拝領して寺とし、嶽下山潜竜院と称して明治にいたり、明治一七年にその護摩堂が原町顕徳寺の本堂となっています。

(現地説明板抜粋)


昌幸は勝頼に対し、
岩櫃城は、東に沼田城、南に箕輪城、西に砥石城小諸城、北には上越の山々が城壁となし、本城は天険の要害である。三千の兵、三~四年の兵糧は十分にある
と上申したと伝わります。(加沢記)



PC310109.jpg
説明板記載の岩櫃城周辺図。

岩櫃城・潜竜院のほかにも郷原城柳沢城といった城の名前も見えます。

これはなかなか貴重な情報です。



PC310110.jpg
西側石垣。

ちなみにこの場所から赤石登山道が続いているのですが、この日は落石のため閉鎖されていました。
登山者は十二様登山道へ迂回が必要とのこと。



PC310115.jpg
藪なども刈り払われて、きれいに整備されています。



PC310116.jpg
南側中央には段上へあがる入口らしきものが。



PC310117.jpg
同じ場所から、頭上を見上げてみると。

背後はそそり立つ岩壁で、襲撃の心配なし。



PC310153.jpg
入口から段上へ。
背後は竹林になっており、奥にはこのような祠が鎮座していました。

ここより奥は山岳地形になります。



PC310145.jpg
館址の東側は若干の高台になっており、上は墓地になっています。

祢津幸道法印の墓石もありました。
詳細は不明ですが、おそらくは根津潜竜斎の末裔で、潜竜院最後の法印だと思われます。



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墓地から眺めた館跡一帯。



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所在:群馬県吾妻郡東吾妻町大字郷原
評価:★★

勝頼がこの地を選んでいたら、歴史はどう変わっていたか・・・という歴史の「もしも」の舞台。石垣部分が勝頼居館、後の潜竜院の建物部分だと思われますが、石垣の外側である東側・南側にも削平地が広がり、随所に防御施設の跡も確認できます。歴史性が高い割には紹介している人が少なく整備状況が心配でしたが、きれいに整備されていました。駐車スペースさえ確保できれば安心して訪れることができる城館といえます。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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