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菅谷城 ~長野吉業在城~

旧群馬町の城館・その③

2009年冬。武田四名臣の一人で箕輪城代・保渡田城主でもある内藤昌豊の墓を拝みに箕郷町生原の善龍寺を訪れた時のこと。境内裏に別の墓標を発見。
(ちなみにこの善龍寺についても後に別項で掲載します)


P4250218.jpg
菅谷城の城主である長野吉業(長野業正嫡男)とその子五郎左衛門(善龍寺開祖)の顕彰碑。



P4250227.jpg
別の説明板。正面すぐに木が生い茂っているという意味不明な配置のため撮影が難しかったのですが、こちらにも菅谷城の名が表記されています。

ここで初めて菅谷城の存在を知ったものの、この時点ではネット上での情報は例によってほぼ皆無。大系にも記載はなく、文化財情報システムでは該当地が店舗の敷地内を表示しており完全消滅っぽい様子。
なのでしばらく探索は諦めていたのですが、その後の調べでどうやら城域は高崎市菅谷町の浄眼寺から東側一帯にかけてということが判明。
・・・よくあることなのですが、ここでもシステムの位置表示が精度不十分であることを再認識したのでした。



P2120017.jpg
ということでやってきた浄眼寺。門構えは最近修築したようで新しいものです。



P2120021.jpg
境内にある石碑。
城の表示はないものの、「永禄六年武田軍の為に戦火にあい焼失・・・」といった内容は記されています。

善龍寺にあった説明板によると、長野吉業は実弟(業盛)に箕輪城を渡し、自らは弘治二年(1556)3月4日に菅谷城主となったとあります。その後息子五郎左衛門は永禄六年、自らは永禄七年武田軍との戦いにより討ち死にしたといいます。
そうすると両方の内容はだいたい一致するのですが、菅谷城が落城したのは箕輪城と同じ永禄九年ともいいますし、そもそも吉業は河越夜戦の時に討ち死にしているという説も有力です。

菅谷城は長野氏家老・宇喜多氏が城代を務めたともありますが、このあたりはいろいろと不確定要素が残っているようです。



P2120024.jpg
堀の名残か。

永泉寺砦でも述べていますが、こういうものは写真だとただの側溝のように見えてしまうのが残念なところ。



P2120025.jpg
道路を挟んで反対側にもずっと伸びています。

やはり堀跡っぽいなあ・・・



P2120027.jpg
浄眼寺南東、道路が「折れ」ている箇所。
先ほどとは別の水路が直角に折れ曲がっています。
平坦な住宅街でこの不自然な経路は、やはりかつての堀の名残のように感じられます。



P2120029.jpg
その水路を南側から。

このほか、随所に土塁跡らしき土盛や古い石塔・墓石が見受けられます。
写真だとどうもぱっとしないので割愛。



P2120028.jpg
菅谷児童館。車はここに停めさせてもらいました。
ここを起点に周囲を探索すると、道路の折れや水路の経路などにかつての城の縄張りを感じ取ることができます。



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所在:群馬県高崎市菅谷町
評価:★☆

完全に宅地化が進行している中において、旧来の縄張りを想像できる程度に遺構が残されているのがいいところです。ここ二・三年の自分は山の中よりもこういった宅地化したところで遺構を探すことに惹かれていっているような気がします(もちろん山城は山城で別の魅力がありますが)。別の場所に城の表示があった分評価がプラスされていますが、欲を言えば城域内に一本城址碑でもあれば、もう一ランク上の評価でした。
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コメント

菅谷城

私は吉業の居城であった菅谷城の城域内に住んでいる者です。このホームページを作られた貴君に非常に親しみを感じて、このメールを書いてしまいました。まだホームページは持っていないのですが、いずれホームページを作りたいと思っているものです。今この高崎市菅谷町に住んで36年になります。長野業政の箕輪城より菅谷城等、この近辺の歴史に興味を持ち始めてこのホームページをみつけました。もし差し支えないなければお名前を私のメールアドレスアドレス宛にいただければ幸いです。

Re: 菅谷城

> 後藤様
コメントありがとうございます。
身近なところの郷土史を紐解くのは知的好奇心をそそられますよね。
HPを開設した暁にはぜひ拝見させてください。
私は名乗るほどのものではないのですが(笑)、今後も探訪記を掲載していきますので時々訪問していただければ幸いです。

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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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