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茶臼山城② ~新田義重居城説~

その①

茶臼山城の沿革については諸説あるところで、新田義重の居城であったとする説も昔からありました。
が、城郭大系で山崎一先生はこの説は誤りであるとバッサリ否定。
応永年間に寺尾城を拠点とした尹良親王によって築かれたものとしています。

尹良親王は宗良親王の第二王子であり、後醍醐天皇の皇孫にあたります。
元中3年(1386年)南朝より源朝臣を賜姓(後醍醐源氏)され、征夷大将軍右近衛大将となって各地を転戦するが、応永31年(1424年)上野国から三河国に向かう途中、信濃国浪合村(長野県下伊那郡阿智村)の山麓で敵軍(北朝側の土豪・地侍)に囲まれ、自害したという。(wiki参照)
そういえば寺尾中城の説明板にも尹良親王についての記述がありましたね。

しかし、新田義重の居城であったという説も近年見直されてきているようです。



前回の続き。

堀底の先にあったのは、地元有志が設置した説明板。
平成21年11月設置の新しいものです。


P1100031.jpg
高崎市史等で確認されるこの城の記録は以下の通り(現地説明板より)。

一 鎌倉時代 新田義重の居城
新田勤皇史によると「義重公様御在城南上州寺尾村茶臼山の城」とあります。新田義重は源八幡太郎義家の孫で里見・山名・新田・世良田(徳川)各氏の祖であり墓碑は寺尾町永福寺にあります。

一 南北朝時代 大河内家文書によると、寺尾千臼城(チャウスジョウ)城主は新田義貞の弟、脇屋義助としています。

一 室町時代 新田実録によると「正長年中(1428年頃)和田小太郎が、寺尾茶臼山城起也」とあります。

一 戦国時代 甲陽軍鑑によると、「永禄八(1565)年 武田氏が山名城鷹ノ巣城寺尾茶臼山城)の間に新城(根小屋城)を築く」とあります。



なるほど。新田義重居城説を採用していますね。尹良親王の名が全く出てないのは少し意外でしたが。

新田義重は新田氏の本宗家であり、武家の棟梁八幡太郎義家の孫にあたります。
異母弟に足利氏の祖・源義康がいます。

1180年、源頼朝が平家追討の兵を挙げた際、この新田義重へも参陣するようにとの要請を度々出しました。しかし新田義重はこれに応じず、寺尾城に籠って兵を集め、独自に平氏に対抗する勢力を目指しました。「我ら新田氏こそ源氏の嫡流」との思いが強かったのでしょう。

しかし源頼朝が早々に平氏を打ち破ったことで、要請を断り続けた新田氏は鎌倉幕府において冷遇されるようになります(逆に足利氏は頼朝の軍に参陣し、優遇された)。この新田氏と足利氏の差が、後年の義貞、尊氏の時代にまで影響を及ぼすようになります。

現在大河ドラマが放映されていてちょうど旬なので、ちょっと付け加えておきました。



P1100032s.jpg
縄張図も付いていて、自治体が設置している並の説明板よりはるかに親切。

本郭部分を拡大。オレンジの点線ルートで進んできました。



P1100035.jpg
本郭外側の帯郭。

空堀と土塁状の地形は確認できますが、こちら側は全くの未整備。



P1100034.jpg
本郭入口には「戸口」の表示。

意味合いとしては「虎口」「小口」と同義。



P1100038.jpg
鳥居をくぐって本郭内です。



P1100042.jpg
本郭内より見た虎口。



P1100041.jpg
祠があります。



P1100044.jpg
見晴らしは非常に良好。



P1100045.jpg
南面・西面には土塁がめぐらされています。



P1100047.jpg
土塁。形状はしっかりしています。



P1100049.jpg
以前は未整備で藪に覆われていましたが、地元有志の手により見学しやすい城となりました。

藪城ばかりめぐっている身としてはありがたいことです。



P1100053.jpg
帰路。
堀切の看板のところから真っすぐ進みます。

視界が開ける直前の風景。どの場所へ行ってもこの瞬間が一番好き。



P1100054.jpg
住宅団地へ帰還。

整然とした住宅街と山が隣り合っている不思議な空間を体験。



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所在:群馬県高崎市寺尾町
評価:★★☆ 50選に選定

行政の手ではなく地元住民の手による説明板の設置や整備状況などが高ポイントで50選入り。こういう城は大好きです。城の沿革についてですが、源氏の嫡流の居城か、南朝の征夷大将軍の城か。いずれもビッグネームなので贅沢な悩みといえそうです。
さて、これで寺尾城砦群で残すは最難関の乗附城のみ!
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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