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今井城 ~大胡の支城~

今井城大胡城の支城であり、斎藤氏が在城していた。斎藤氏は大胡氏の家臣と思われます。
別の説では、木曽義仲の重臣今井四郎兼平の居城であったともいわれています。
あるいは当初今井氏が築いた居館に、のち斎藤氏が入った可能性もあります。

場所はR50が荒砥川を横切る北側400mほどのところ。文化財情報システムを参照のこと。



P1140012.jpg
当該地は半分公園になっています。
この写真左手奥の民家部分が主郭跡のようです。そちらには現在も斎藤姓の方が住んでらっしゃるとか。
ちなみに中央奥へ進むと廃屋があります。明らかに無人ですが、個人の敷地ではあるでしょうから注意のほどを。



P1140001.jpg
城址碑発見!
この標柱は自治会と「荒砥史談会」によって最近建てられたものらしいです。
ありがたいことです。

基本的に遺構はありません。
しいて言えば畑の形状が郭跡に見えなくもない・・・と、「そんなことを言えばきりがない病」が発症しそうになりながら廃屋を通過して北側へ。



P1140006.jpg
城域の北の隅に、土塁らしき地形が残っています。
遺構があるとすれば、これくらいでしょうか。



P1140007.jpg
戻って、公園の隣にある橋の名は「曲輪橋」。
この名称も城の名残と思われます。



P1140008.jpg
曲輪橋の上から、北側の眺め。
左手堤防のさらに左側が今井城の城域です。
荒砥川の水量は多く、東側から攻めるのはかなり困難でしょう。



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所在:群馬県前橋市今井町
評価:

ここの地名を冠して今井氏を名乗った一族は後に北橘村(現渋川市北橘町)へ移り住んだといいます。箱田城の項で述べた木曽義仲の郎党のうちの一つですね。
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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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