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城峯城 ~真田8城のひとつ~

中之条町にも多くの城館がありますが、その中で史跡指定されている城は6つあります。


そのうちの一つがこの城峯城


こちらのページ に中之条町で指定されている史跡等の一覧が表示されています。


上記HPより城峯城の説明抜粋。↓


昭和63(1988)年3月26日指定
◆所在地 中之条町大字西中之条 
別名「新城」。真田8城のひとつ。
天正10(1582)年6月本能寺の変後、湯本三郎右衛門(草津領主)から堪忍分として賜りました。のちに蟻川氏が所領しています。

中之条町役場の北西に見える小高い山の頂上に築かれた城です。




KDの城館探訪記

r53「西中之条」の信号を西進し、右手に柴宮神社を過ぎたあたりで写真の標柱を発見!


この場所で北に曲がり、竹林の中の狭い道を進むと城域へ辿り着きます。





KDの城館探訪記

道の突き当りにはなにかの作業所のような施設が建っていて、その隅っこに写真の「城表示物一式」が。


さすがに町指定史跡、標柱も説明板もばっちりです。


永禄六(1563)年十月、武田信玄の家臣真田幸隆によって、上杉方の岩下衆斉藤越前守が攻略された後、その子斉藤城虎丸と家臣たちが嵩山城に拠り、真田方の岩櫃城と対立している。嵩山城落城の永禄八年十一月までの間、四万川右岸の岩櫃城を中心に稲荷城山田城桑田城の支城があり、これに対応して左岸は嵩山城を中心に内山城城峯城中条城八幡城などが防御陣を布いていた。城峯城は、嵩山城の支城として重要な役割を果たしていた。嵩山城落城後は、武田領の境界が東へ進み、存在意義がなくなった当城は廃城となった。

(現地説明板参照)


ウワ~イ、このあたりに密集している城のオンパレードだ~。




KDの城館探訪記

縄張図。


大系に「本丸と物見郭からなる」とある通りの構造。

本丸と物見郭との距離は150mほどで、北側は柴本の集落を隔てて嵩山が間近にそびえています。




KDの城館探訪記

説明板向かって右手奥の藪が主郭と思い突入しましたが、凄い笹藪で何が何やらさっぱり。

辛うじて手前に土塁のようなものが残っているのがわかった程度です。





KDの城館探訪記
こちらも土塁らしき。




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所在:群馬県吾妻郡中之条町大字西中之条

評価:★☆ 


現地では藪の中が主郭かと思ってましたが、改めていろいろな資料を見てみると、施設のあった場所から説明板のあったあたり一帯が、もしかしたら主郭だったかもしれません。そうだとすると遺構はずいぶん破壊されてしまっている可能性があります。ちなみにタイトルの真田8城、残りの7城がどこを指すのかまったくもって不明。ご存知の方は教えて下され。

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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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