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滝川一益本陣 ~軍配山古墳~

法蓮寺のすぐ西側の田園の中に佇むのが軍配山古墳です。




KDの城館探訪記
法蓮寺から見た軍配山古墳(再掲)。


平地の真ん中にあるため、かなり目立ちます。



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すれ違い不可能な細い道を進み到着。





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近くで見ると思いのほか迫力あり。





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この古墳については、梨ノ木山古墳と同様、こちらのページ を確認してください。





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古墳についての説明の後に、「天正十年神流川合戦の折、滝川一益が本古墳を本陣として軍配をふるって全軍を指揮した」との記述あり。


神流川合戦 について詳しくはリンク先を参照のこと。

戦国期を通じ、関東はおろか日本全土でも有数の規模の野戦であったが、知名度が恐ろしく低いのはなぜなのだろうか。地元の人でもそんな大規模な野戦があったことを認識している人は少なそうだ。





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脇の説明板には、滝川一益と思われる武将の描かれたカルタが。

意外と慕われているのでしょうか。


この戦いに敗れた一益は、関東諸侯の人質を無条件で解放した上本領の伊勢長島へと撤収したが、清州会議に出席することもできず、羽柴秀吉にこの敗戦を敵前逃亡と責められ、織田家中における地位の失落を招いたことは周知の通りです。





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古墳の上からの眺め。





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金窪城方面の眺め。


この程度の高さでも、周囲が真っ平のため、見通しは極めて良好です。





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要害性よりも、的確な指揮をとるために選地された場所です。


陣を構えるには確かにうってつけといえます。





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北側から。



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所在:群馬県佐波郡玉村町大字角渕

評価:★☆ 


何とも趣のある場所でした。はるばるこの地まで赴き、突然の主君の訃報、そして息つく間もなく北条の大軍と対峙することになった滝川一益。どんな思いで指揮を取ったのでしょうか。

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コメント

1. 滝川一益


の本陣ですか。
最後の、どんな思いで指揮を取ったのか、気になりますね。

歴史に『もし』はありませんが、彼が上野ではなくもっと中央に近い場所にいれば、歴史は変わってかもしれませんね。

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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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