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下茂木屋敷 ~古墳銀座~

下茂木屋敷は大系には掲載されていないものの、群馬県文化財情報システムには登録されています。

出典はやはり山崎先生著の「群馬県古城塁址の研究」より。

金窪城主・斎藤定盛(摂津守。北条氏邦の臣)の孫の屋敷が置かれたところという。

となると戦国末期から近世初頭にかけての頃でしょうか。




KDの城館探訪記

とりあえず玉村町下茂木にある法蓮寺に向かいましょう。


妙に巨大な像が一体ある以外は、境内は閑散としたもの。





KDの城館探訪記

法蓮寺。寂れた雰囲気が漂っていますが、墓地は広く、廃寺ではないようです。


この法蓮寺から東側一帯が下茂木屋敷の跡地ですが、現在は宅地・農地と化して消滅。

無理やり見れば堀跡のようなものもあるが、何より重要な碑の類は一切なし。





KDの城館探訪記

さて、これだけだとあまりにも消化不良なので、ついでに近くにある古墳でも掲載。

法蓮寺の南300mほどにある、梨ノ木山古墳です。


群馬には古墳がそれこそ腐るほどあるのですが、この一帯はそこそこの規模の古墳が比較的密集しています。





KDの城館探訪記
草の生い茂る季節で、説明板を撮影するのも一苦労。


この古墳についての詳細はこちらのページ を参照してください。

(参照HP「埼群古墳館 」。検索で一番先頭にヒットしたので勝手にリンク)





KDの城館探訪記
こちらは法蓮寺から見えた別の古墳。ズームして撮影。ほんと古墳だらけです。


この古墳は軍配山古墳といい、滝川一益が陣を置いたことからこの呼び名がつけられました。

これについては次の記事で紹介。




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所在:群馬県佐波郡玉村町大字下茂木

評価:☆ 


見事なほどに印象の残っていないところです。写真がなかったら訪れたことすら忘却の彼方へとなっていたことでしょう。古墳の方が見る価値あり。

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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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