FC2ブログ

記事一覧

二本松城② ~十万石大名の威容~

翌朝早朝。改めて城攻めスタート!



・・・の前に、江戸期以前の二本松城の沿革。


室町時代初期の1341年(南朝:興国2年、北朝:暦応4年) 室町幕府より奥州探題に任ぜられた畠山高国が塩沢・殿地が岡(「田地が岡」とも)に最初の居を構え、地名を二本松と改称し、畠山氏7代当主・畠山満泰が、1414年(応永21年)もしくは嘉吉年間(1441年 - 1443年)にこの地に二本松城を築いた。

以後、陸奥国に定着していた畠山氏は、戦国時代になると伊達政宗の攻撃を受ける。1585年(天正13年)10月、15代当主・畠山義継は政宗の父・輝宗に降伏を申し出た。輝宗のもとに出向いた義継は、輝宗を拉致して二本松城へ連れ去ろうとしたが、これを聞きつけた政宗に輝宗もろとも射殺された(粟之巣の変事)。政宗はすぐに二本松城攻めを開始したが、守備側は義継の子・国王丸を継嗣に立て籠城した。城は政宗の猛攻によく耐えたが、翌1586年(天正14年)7月16日、政宗への内通者も出たため、相馬義胤の口添えにより二本松城は開城し、ここに畠山氏は滅亡した。

政宗は片倉景綱、次に伊達成実を二本松城代とした。1591年(天正19年)、政宗が岩出山城に転封されると、二本松城若松城主蒲生氏郷の支城となった。氏郷は蒲生郷成・町野重仍を城主に据えた。1598年(慶長3年) 蒲生氏に代わって上杉景勝が会津に入ると下条忠親が城代となった。

1600年(慶長5年) 徳川家康に敵対した上杉氏は関ヶ原の戦いの後、米沢城に移された。会津には蒲生氏郷の子・秀行が復帰し、梅原弥左衛門と門屋勘右衛門が二本松城代となった。

(wikiより)



KDの城館探訪記
城壁をバックにしたプリウス号。


城の周辺には無料駐車場がいくつもあるので安心。


早朝ということに加え天気も曇り空のため、全体的に少々画質が不鮮明となっています。





KDの城館探訪記

しかしこの高石垣はなかなか圧巻。





KDの城館探訪記

城の正門、箕輪門と二重櫓。


前夜はぼんやりと浮かび上がっていただけだが、改めて見ると威容充分です。





KDの城館探訪記
箕輪門は近世二本松城主・丹羽光重により建造されました。

城下箕輪村山中にあった樫の大木を主材としたのでこの名があります。


戊辰戦争によって灰燼と帰したが、昭和57年、実に2億円(!)を投じて復元されました。





KDの城館探訪記
箕輪門から振り返って。




KDの城館探訪記
城内に入り、門を裏側から。


二重櫓・箕輪門・平櫓が連結しています。





KDの城館探訪記
門の内側にも桝形状の石垣があります。


一般的な枡形虎口と言っていいのかな。場所がちょっと微妙ですが。





KDの城館探訪記
階段を上ると、広い平場に出ます。


三の丸で、御殿跡でもあるようです。





KDの城館探訪記

三の丸は二段に分かれています。


上の段には、「相生(あいおい)の滝」なるものもあります。


このほかいろんな銅像や看板が設置されています。




このあたり、まんま公園なのですが、公園内の遊歩道を登っていくと・・・




KDの城館探訪記

目の前(というか目の上)にどど~ん!と石垣が出現します。


この城は近世期に拡張整備された麓の部分と、中世期から城の主郭部として機能していた山上の部分の複合城郭になっています。


山上部分についても近世期に総石垣の本丸石積みが築かれ、その威容はまさに圧巻です。


ちなみによくある麓の居館部と山上の詰城、という関係とはちょっと違う気がします。

もう少し全体が一体化したイメージです。

詰城として独立して残っているのではなく、あくまで本丸として山上に聳えています。


一体化と言っても麓から山上までの比高は120mほどあり、山城と言ってもいいレベルなのですが、そんなに厳しい登りという印象は受けませんでした。遊歩道がよく整備されていたからかな。


ここでは案内看板に「日影の井戸・本丸」とある右手に曲がります。





KDの城館探訪記
山の中腹にある「日影の井戸」。


これ、「日本三井戸」の一つなんだとか。そんなの初めて聞いたぞ。


ちなみに残りの二つは千葉県印西市の「月影の井戸」と、神奈川県鎌倉市の「星影の井戸」。

おお、三つ並ぶとなんかカッコイイ。


応永年間(1400年頃)にはすでに造られていたそうで、井戸の深さ16m、井戸の岩盤をえぐって、さらに北に14mに達しているとのこと。今でも湧水は豊富です。





KDの城館探訪記
本丸南面下、真新しい本丸石垣と対比して、古い時代の石垣も残っています。




KDの城館探訪記
奥が蒲生氏時代の大石垣。


すげー





KDの城館探訪記
軽い山登りを終え、ついにたどり着いた本丸石垣。


次回は、あの上へ登ります。




その③へ

関連記事

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

カテゴリ

プロフィール

KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

フリーエリア

Twitter

スポンサーリンク

カレンダー

09 | 2019/10 | 11
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

メールフォーム

お問い合わせはこちらからどうぞ

名前:
メール:
件名:
本文: