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狩川城 ~北楯大学、水神となる~

北楯大学?そんな大学あったっけ?



ありません。



北楯大学利長〔きただてだいがく・としなが〕(1547~1625)


山形城主最上義光の家臣。慶長6年(1601年)、義光が上杉景勝を破って庄内3郡(田川・櫛引・遊佐)を奪還すると、田川郡狩川城主として3,000石を与えられた。

ところが利長の所領である狩川・清川・立谷沢などの地域は水捌けが悪く、灌漑による整備が急務であった。そのため利長は、慶長16年(1611年)、義光に立谷沢川の水を田川郡北辺の平野部に引く疏水の建設を願い出た。難工事が予想されたため反対意見も多かったが、新関久正らの強い勧めもあって、翌慶長17年(1612年)3月、義光は利長に着工を命じ、工事に関する指揮権を与えた。このとき庄内一円から集められた人夫は7,400名に及んだ。同年7月、総延長30km余りに及ぶ堰が完成すると、義光は「庄内末世の重宝を致し置き候」とその功績を絶賛し、利長に300石を加増した上で、今後この疏水を利用して開拓される新田が何万石に達しようと、全て利長の知行として取らせるという証書を下した。堰が完成した結果、新たに4,200町歩が開かれて88の部落が興り、石高は当初の10倍の30,000石となった。この堰は利長の名を取って北楯大堰と呼ばれることになる。

(Wiki参照


藤島城 から新庄城を目指す途中でたまたま案内表示を見つけた城。

こういった現地でたまたま発見した城って、なんか得した気分になります。


場所は狩川駅南にある小高い丘陵の先端で、現在は楯山公園として整備されています。




KDの城館探訪記 

丘陵を登った先にある、楯山公園の碑。


後ろはゲートポール場になっています。土塁のような地形もあったが、遺構かどうかは不明。


この左手には資料館や北舘神社があります。





KDの城館探訪記
公園入り口。

この奥が狩川城主郭部で、進入部分が細くくびれています。

台地の基部(こちら側)からの侵入を断ち切っており、この城最大の遺構です。

すべて人力で掘りきったものとしてはあまりにも大規模すぎるので、自然地形を生かしたものと思われますが、人の手が入っていることは間違いありません。





KDの城館探訪記  
案内板。狩川城の表示と説明もあります。

あぶないあぶない。これがないと評価が最低ランクになるところだった(城址碑はなし)。



当時の城は南北126.7m・東西90.5mの細長い形態で、大手門からは清川街道を眼下に見下ろし、二の丸・三の丸も狭く背後に深山を抱える要害の地だった。

(説明板抜粋)





KDの城館探訪記
公園内部。


主郭はかなり広いです。ちょっと広すぎなほど。

あるいはもともといくつかの郭があったが、公園化の際に合わせて整備してしまった可能性もあります。




KDの城館探訪記 

完全な公園ですが、周囲の切岸などはさすがに中世城郭の名残があります。一部土塁もあり。


この下には腰郭が見えました。




KDの城館探訪記 

狩川城主・北楯大学の像。


今では日本でも有数の米どころとなっている庄内平野も、かつては大部分が不毛の土地で荒地が広がっているだけでした。この荒地を開墾しようと幾度となく川から水を引こうとしましたが、川が土地よりも2~5mも低いため、なかなかうまくいかず、日照りの害に苦しんでいました。その頃、狩川城主になったのが北楯大学利長でした。北楯大学はなんとか水を引く方法はないものかと、10年の歳月をかけて最上川よりも高いところを流れる立谷沢川から水を引く設計図をつくりました。このとき完成した北楯大堰は、いまでも庄内平野を潤しており、庄内平野が米どころとなったのは、北楯大学が切り開いた北楯大堰のおかげと言えるほどに、その活躍は大きいものなのです。

(最上川電子大辞典参照)



安永7年(1778年)には神社の祭神として祀られるようになり、今でも「水神様」として親しまれています。




KDの城館探訪記  
狩川城の麓。


穀倉地帯となったこの地に、風車が回っていた。





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登城日:2009年5月5日  所在:山形県東田川郡庄内町狩川

評価:★★


城としての名残は、入口の堀切と主郭内に一部残る土塁、そして何段かの腰郭跡くらいでしょうか。グラウンドゴルフ場と一体化した主郭は公園としてきれいに整備されていて、散歩をするには適したところです。公園内から見ると麓ともそれなりに比高差があることを実感できます。
北楯大学については、こちらにも記載があります。興味のある方は参照して下さい。

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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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