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江戸城③ ~汐見坂・二の丸庭園~

天守台を見た後は、書陵部庁舎(皇室関係の貴重な図書等や陵墓を管理しているところ)の脇を通り、坂道を下って二の丸へと向かいます。




KDの城館探訪記

この坂は梅林坂と呼ばれるところです。説明板の英語表記では「Plum Tree Slope」とあります。


本丸と二の丸を結ぶ坂で、梅林があったことから、その名がつけらえた。
文明十年(1478)、太田道灌が天神社をまつり、紅梅、白梅を数百本植えたことに由来するが、そのころの場所は定かでない。
昔、坂は右曲がりの階段で、上り坂の前には仕切り門しかなく、坂上には渡櫓門があった。この門が上梅林門で、大奥に一番近い門だった。坂下は食違門で、平川門の近くには下梅林門があった。
上梅林門跡の石切の石垣は実にみごとなものである。「カミソリの刃も入らないくらい」といっても大げさではない。なお下梅林門付近の石垣も見事であるが、この付近は明治期以降の修復と思われる。
坂の石垣はL字で、一方は典型的な穴太積みで古く、他方は整然とした打込み積みである。
現在ある梅林は、昭和四十二年(1967)に植えられたもので、坂の上から下まで50本余りの梅の木がある。





KDの城館探訪記
梅林坂を下りると、本丸との間はご覧の高石垣。


南側へ進むと、本丸へ向かう道がもう一本あります。





KDの城館探訪記
こちらは汐見坂。周囲の石垣の巨大さが伝わりますでしょうか。


明暦の大火の後、万治度の造営で濠を埋め、本丸が二の丸側に拡張されたのに伴って汐見坂が設けられた。
江戸築城のころは、今の東京駅や二本橋・日比谷辺りまで海であった。日比谷の「ひび」は、海苔を付着させるために海中の干潟に立てる枝のついた竹(ひび)に由来するとも言われている。現在では埋立てやビルに遮られて海は見えなくなってしまったが、かつては江戸城や神田台などからも海が望め、都内各所に「汐見」や「潮見」の名称が残っている。
汐見坂は梅林坂と対をなすような坂でやはり急坂である。坂上には渡櫓門があり、坂下には幕末は冠木門があった。L字型の石垣は、梅林坂とは逆に手前が切石の打込み積みで、奥の汐見二重櫓があった所から白鳥濠にかけては穴太積みである。渡櫓門跡の石垣は角が丸く崩れ焼けた痕がある。
汐見坂の上からは白鳥濠、二の丸雑木林が見渡せる。昔は梅林坂と汐見坂の間の林の中に、一時期、東照宮があった。





KDの城館探訪記
汐見坂の南、本丸と二の丸の間にある白鳥濠。


ここに濠があることによって、本丸へ向かうルートがかなり制限されます。上手いなあ。





KDの城館探訪記
汐見坂を下ると、真正面が二の丸です。


こちらから進むと、二の丸庭園の入り口部分に「都道府県の木」なるコーナー(?)があります。

自分の出身地の木がどんなものか確認するのも楽しいですね。


ちなみに写真は群馬県の木・くろまつ。





KDの城館探訪記
二の丸庭園。

憩いの場です。たくさんの人が散歩していました。


写真には写ってませんが、この場所の左手には諏訪の茶屋があります。

もともとは吹上地区(現在の御所一帯)にあったものをここに移しました。





KDの城館探訪記
庭園も広いです。

池にはハナショウブが。


二の丸には、将軍の別邸やお世継ぎの御殿が建てられた。御茶屋や泉水なども造られたが、基本的には本丸御殿を簡略化した形式で建てられていた。
寛永十三年(1636)に竣工した二の丸御殿の平面図「二之丸指図」を見ると、現在の雑木林のあたり全体に御殿が建てたられ、汐見坂の北部に東照宮(権現造りと思われる)が造営されている。小堀遠州の作といわれる庭園の池水は、現在の池とほぼ同じ場所である。
二の丸御殿も焼失と再建を繰り返している。慶応三年(1867)最後の御殿が焼失し、明治以降はほとんど顧みられなかったが、東御苑の整備・公開にあたって、残されていた九代将軍家重の時代の庭の絵図面をもとに、回遊式庭園が復元された。





KDの城館探訪記
こんなものもありました。


「皇居正門石橋旧飾電燈」とあります。




この後は再び百人番所の場所に出て、発券所で入場札を返却し、大手門より退出しました。


本当は平川門から出たかったのですが、暑くてかなりへろへろの状況に陥りました。

せっかくの機会だったのでもう少しうろうろしたかったのですが、もう最短距離で東京駅を目指します。





KDの城館探訪記

和田倉濠。正面に見えるのは東京銀行協会ビル。





KDの城館探訪記
和田倉噴水公園。正面奥には巽櫓が見えます。


この時もう何櫓かじっくり確認する余力もありません。





KDの城館探訪記
この公園にあるレストラン?に100名城スタンプがあるということで潜入したのですが、結婚式場だか披露宴場だかを兼ねているようで、この日もそんなことをやっていました。

出張帰りでスーツを着ていたため、自分も式の関係者と間違われてしまいました。


そんな中スタンプを押して、平然と立ち去る自分・・・図太くなったというか、なんというか・・・


松代城では話しかけられただけで動揺して押印失敗したほどだったのになあ。





KDの城館探訪記
特別史跡の看板。


いわゆる「文化財」には建造物や美術品などのほかに「記念物」に分類されるものがあり、そのなかでも城跡や貝塚・古墳・都城跡といったものは「史跡」に分類されます。
美術工芸品などで特に重要なものに対する指定は言うまでもなく「国宝」指定ですが、史跡に対して同様のものは「国指定史跡」になります。

そして史跡については、国指定史跡よりさらに上位の指定として「特別史跡」というものがあります。美術工芸品で言うなら特別国宝といったところでしょうか。そんなものないけど。


この特別史跡、現在日本で61件しか指定されていない、極めて珍しいものです。





KDの城館探訪記
東京駅の駅舎だ。今回はこれにて終了。



酷暑日ではなかったとはいえ、やはり真夏に城めぐりなんかするもんじゃないです。

例えば「真夏に険しい山城に登った」なんてのは誇れることでもなんでもなく、ただの無知がなせる技と言えましょう。

かく言う自分もそんなことを今年の夏に何回かやって恥ずかしい限りです・・・

そんな効率の悪いことを行う労力で、いくつの平地城館が攻略できたことかと。



次回、コンディションを整えての再訪。




その④~和田倉門・巽櫓~へ


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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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