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真壁城 ~小型精緻な白井の支城~

真壁城というと茨城県にある国指定史跡の真壁城が有名ですが、今回は群馬県渋川市にある城です。


場所は渋川市北橘町真壁、桂昌寺の北側の小丘にあります。

桂昌寺が見つけられれば城にたどり着いたも同然です。




KDの城館探訪記

主郭のすぐ下まで車でこれます。

と言うより下の道には車を止めるスペースがないので、ここまで入らざるをえません。

車高の低い車は入ってこれないかも。


現在はゲートボール場。





KDの城館探訪記

西側。城塁の下に、腰郭状の遺構・・・いや、これは後世の土地改良によるものでしょうか。


利根川との比高差はかなりのものです。


写真右奥の土居は往時は屏風折れを伴っていたというが、そう言われるとそんな感じ。


また、南側は完全に耕地化されていますが、郭状の削平地の跡にも見えます。





KDの城館探訪記

南側の畑の先、段差の先端まで来ました。下の段との比高は5~6mほど。

隅に立つとちょっと危ない。

少し先に城塁の残存部分のような地形が見えます。


正面奥に見える山は箱田城

この日は視界が悪かったなあ・・・たとえ晴れでも、こういう天候は微妙ですな。





KDの城館探訪記

真壁城は、丘の頂上に本丸を置き、周囲に空濠をめぐらせた単郭型の砦で、小型ながら戦国時代築城法の模式的なものと評価されている。かつては屏風折の土居・横矢溝・安土馬出しなどの遺構が見られたが、現在はその面影をとどめていない。

城主として記録に残るのは、白井城主長尾氏の四天王に次ぐ重臣・神谷三河守である。八崎城の繋ぎの城として発生し、白井の支城として長く越後上杉氏の配下にあったが、後に武田氏・北条氏に属し、天正18年(1590)、白井城とともに落城した。

(説明板抜粋)


四天王に次ぐ重臣って、そんなに重臣でない気もするが・・・





KDの城館探訪記
説明板の後ろの一段高くなっている部分が主郭です。


土塁は半分ほどめぐらされています。





KDの城館探訪記

主郭はそこそこの広さがありましたが、少し入るとこのような表示があったのでここまでにしました。

ちょっとだけ探索したけど。





KDの城館探訪記

主郭内にあった石碑。城址碑ではありませんでした。





KDの城館探訪記
ゲートボール場わきの建物に掲げられていた標語。


怒らない 責めない 愚痴らない


ふむ





KDの城館探訪記

上の写真にある段差の部分を、下から。


城塁のようである。





KDの城館探訪記

ここからは後日撮影したもの。

空気が澄んでいて気持ちいい。


北側からの城址遠景。結構目立つな。





KDの城館探訪記

だいぶ近づいて、北西側からの城址。


完全に独立していて、古墳のようにも見えます。





KDの城館探訪記

利根川に架かる坂東橋からの真壁城


利根川の断崖を利用していることがよくわかります。




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所在:群馬県渋川市北橘町真壁 

評価:★★(2012/9/2評価見直し)


こちらも箱田城と同様単郭の構えながら、折れに横矢・馬出まで設置されており、戦国末期まで実用されていたことを示しています。現在は土塁と堀の跡が残るくらいですが・・・

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KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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