FC2ブログ

記事一覧

力丸城 ~力丸氏の居城~

貞治6年(1367)力丸広宗によって築かれた。環濠住居を纏結した自然発生的な城で、列郭式構造。天正18年(1590)に没落した。
(城郭大系抜粋)



力丸氏というのは那波氏の一族で、那波日向守広宗が力丸氏を称したところから始まります。

江戸期、前橋城に入った酒井氏に仕え、酒井氏が姫路城に移封されるとそれに従い、姫路藩では家老になっているようです。




KDの城館探訪記

善昌禅寺。創建者は力丸城主・力丸広宗。

ここも城域の一角だったみたいです。


ここから東へ進むと力丸町会議所と広場があります。そこまでたどり着けば碑は見つけたも同然です。





KDの城館探訪記
会議所の裏に設置されている城址碑。


この石碑の裏には例によって由来記が刻まれています。要チェック。

それによると、この城址碑が立っている場所は城の中心部ではなく外堀跡にあたるようです。


ちなみに大系では築城者は力丸広宗となっていますが、碑文では宗広となっています。

今回は大系の記述を参照したのでその通りに掲載しましたが、大系の記述はさすがに古いものなので、どちらが正しいかとは一概に言えないものです。


また、車を置かせてもらった広場の奥にも別の石碑がありました。こちらは内容を確認していません。





KDの城館探訪記

これは縄張図ですね・・・

よく見ると力丸城ではなく宿阿内城のもののようです。大系の図とも一致。


現在はほぼ湮滅しているようです。





============================================

所在:群馬県前橋市力丸町 

評価:


超マイナー城郭かと思いきや、ネットで検索すると意外と紹介されているページが多く驚きました。

城址碑を探す探訪は、山城を攻略するのとはまた別の楽しさがあります。

============================================


関連記事

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

カテゴリ

プロフィール

KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

フリーエリア

Twitter

スポンサーリンク

カレンダー

10 | 2019/11 | 12
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

メールフォーム

お問い合わせはこちらからどうぞ

名前:
メール:
件名:
本文: