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坂本城 ~その豪壮華麗さ、安土城に次ぐ~

・・・それは日本人にとって豪壮華麗なもので、信長が安土山に建てたものにつぎ、

この明智の城ほど有名なものは天下にないほどであった。


                           —宣教師ルイス・フロイス『日本史』



信長の居城・安土城を中心に、北を抑える長浜城(羽柴秀吉)、南を抑える坂本城(明智光秀)、対岸を抑える大溝城(織田信澄)と、琵琶湖を取り囲む形で見事なネットワークが築かれています。


そして各拠点の中でも、京の入り口や比叡山を抑える場所にある坂本城は最も重要な場所でした。


その最重要地点を任されたのは、明智光秀。

織田譜代の武将を飛び越えての大抜擢です。

信長の能力主義の徹底と、それに答えた光秀の有能さというものを示しています。


一般的に光秀というと、本能寺で信長を討った裏切り者、秀吉にすぐ敗れた「三日天下」、などといった負のイメージが強いと思われますが、実際はかなりのキレ者で、信長もその実力を認めて信頼していたようです。


漫画「センゴク」では、織田家中の中でも光秀の才覚は群を抜いており、秀吉や他の諸将もそれに負けじと必死で功を競う姿が描かれています。




KDの城館探訪記

京都山科から、西大津バイパスを走行中。


午前中強く降っていた雨も収まり、琵琶湖の対岸もくっきり見えます。


晴れの日が続くと霞んで見通しが悪くなることも多いので、雨上がりというのは景色を眺めるには向いています。




KDの城館探訪記

バイパスから下り、どことなく風情を感じる街並みへ。


石碑には「旧柳町」とあります。


「浜に七本柳があるところからきた町名といわれています。云々」




KDの城館探訪記

Mapionで坂本城の城のマークが付いている地点に到着。確かに城址碑あり。


・・・この城は、天正十年(1582)山崎の合戦の後焼失しますが、丹羽長秀によって再建され、同十四年ごろ大津城に移るまでこの地にありました。

(説明板抜粋)


このあたりは寺院の密集地域になっています。




KDの城館探訪記

順照寺。




KDの城館探訪記

東南寺。

その他もろもろ。




KDの城館探訪記

東南寺から琵琶湖岸へ向かうと、真正面に研修施設があります。入口にはお城の説明板あり。

門が開いていたので一声かけようと思ったのですが、人の気配がない・・・?


ちょっとだけ失礼します。




KDの城館探訪記

ちょうどこのあたりから沖合にかけてが坂本城本丸跡です。湖に沈んだ部分も多い。


沖合を眺めると、水上ボートが一台爆走中。


すみません、失礼しました!




KDの城館探訪記

湖岸緑地公園にある光秀像。各種説明板も一緒に設置。


光秀は優れた武将であっただけでなく、当代一流の文化人と親交を持ち、茶の湯・連歌・詩歌などに造詣の深い文化人でもあった。


われならで誰かは植えむ 一つ松心して吹け 志賀の浦風 光秀


また、ここの説明板には坂本城のほかに、光秀にゆかりの深い亀山城福知山城の紹介もしています。



KDの城館探訪記

この光秀像、お世辞にもスタイルがいいとは言えません・・・


しかしこのずんぐりむっくり感が、当時の日本人の平均的な体型だったのかもしれません。


だからと言って光秀が本当にこんなスタイルだったかどうかは不明ですが。




KDの城館探訪記  

公園にある石の列。


Wikiでは坂本城の石垣と平気で載っけているが、自分には残存遺構には見えなかったぞ・・・

公園整備時にそれっぽく並べたもののような気が。 



ちなみに坂本城の真の石垣というものは現存しています。


ただし、湖の中にですが。


平成6年(1994)琵琶湖に異常渇水が起き、水位が著しく下がった際に当時の石垣が露出して、ちょっとした話題になったそうです。


通常は湖水の下に眠っていて見ることはできません。




KDの城館探訪記

公園入り口の城址碑。



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登城日:2010年9月23日  所在:滋賀県大津市下坂本 

評価:★☆


目に見える遺構がないので評価は低めなのですが、個人的にはこういった歴史性の高いお城はたとえ石碑しかなくても大好きです。水城というこのお城の形態は、後に大津城膳所城に引き継がれていきます。

ちなみに今回は向かいませんでしたが、この場所の北方にある西教寺には、坂本城の移築門の他、明智光秀とその一族のお墓があります。また聖衆来迎寺の山門も坂本城の表門を移築したものです。周辺にひしめく神社仏閣と合わせて一緒に見て回るのがおすすめ。

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コメント

1. そうなんですよね~


坂本城の石垣、水の中で全く見れず残念です。。。
異常渇水でないと見れないとなると、石垣を見る機会は本当に少なそうですね(;^_^A

全国の武将銅像はかっこいいものが多いと思いますが、ここの明智さんはポッチャリで面白いです。
でも私が行った時はお供え物がしてあったので、けっこう人気があるのかも(^-^)

2. 明智光秀の


石像…。
イメージを崩すなぁ~(>_<)

石垣が湖に沈んでいるという事は、往時よし湖の水面が上がったのでしょうか?
それとも、地面が隆起したのかな?

でも名城が殆ど跡かたもないとは…残念です(ToT)

3. Re:そうなんですよね~


>むじさん

確かに、彦根駅前の井伊直政像、青葉城の伊達政宗像、山形城の最上義光像など、各地の武将銅像はかっこいいものだらけです。

その中で異彩を放つこの銅像・・・

でも慕われているようでよかった(?)です。

4. Re:明智光秀の


>syunpatsuryoku1号さん

イメージが崩れましたが、これもあり、でしょうか。

水位とかはどうなんでしょう?
水辺に立地していて常に波の浸食を受けていると、石垣や土台の浸食・崩壊がかなり進んでしまうようです。
廃城後何の手入れもしないまま数百年その状態が続いた結果がこれということなんだと思います。

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KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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