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浜田城③ ~海上の交通を制する~

本丸からの景観は抜群です。



KDの城館探訪記
外ノ浦の湊。

西廻り航路が整備されたのち、瀬戸内方面と北陸方面を結ぶ中継点として、大いに栄えたといいます。

また説明板によると、正面の岬上には藩のため鎖国の禁を冒して密貿易をおこない、捕えられて死罪となった会津屋八右衛門を顕彰した碑があるとのことです。


この事件の概要は、天保7年(1836年)、藩の御用船係を務めていた会津屋八右衛門が、慢性的な藩の財政難を見かね、鎖国の掟を破り、幕府から渡航を禁じられていた竹島から密貿易を行ったものです。中国や南洋と取引をし、財政を助けていましたが、幕府隠密間宮林蔵に摘発され、八右衛門は死罪、勘定奉行の橋本三兵衛も死刑、家老の岡田頼母は自刀しています。




KDの城館探訪記
海と浜田城

スペインの宣教師ディエゴ・デ・S(誰?)は船上から築城されて間もない浜田城を見て、「立派な城である」と報告しているそうです。




KDの城館探訪記
眺めは最高!

この複雑な海岸線が、港を作ることにも城の防御にも役立ったのでしょう。




KDの城館探訪記

天守(三重櫓)跡。天守台はなく、本丸に礎石を置いて天守を建てていたという。草ぼうぼうです。

三方を海と川に囲まれています。




KDの城館探訪記
かつての浜田藩の中枢のど真ん中も、草の生い茂る静かな場所となっています。

とても素晴らしい景勝地ですが、この日は自分のほかは誰一人として訪れる人はいませんでした。



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本丸の西側真下に突き出るような形の出丸。




KDの城館探訪記
帰りは出丸から真っすぐ降りる道で城を後にします。

門まではすぐです。




KDの城館探訪記

説明板を撮りたいのか、後ろの風景を撮りたいのか、どっち付かずの写真。

「御本丸道と焔硝蔵」とあります。

火薬を保管する焔硝蔵が建っていましたが、幕末の自焼退城時に大音響とともに爆発しています。




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登城日:2009年9月24日  所在:島根県浜田市殿町

評価:★★★★


海が見える風景というだけで高評価になってしまいそうです。近世城郭らしく合理的で堅固な作りですが、慶応2年(1866)の第二次長州征討に際して、大村益次郎率いる長州軍の進攻を前に浜田藩は戦意を消失。城主松平武聡は夜陰にまぎれて逃亡する有様で、浜田藩兵は城に火を放って四散し、浜田城と城下の武家屋敷はことごとく灰燼に帰したといいます。攻城戦を経験することなく廃城になるとは・・・

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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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