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長谷高山城① ~作用平野を一望~

中国道の作用ICを降りてすぐのところにあるのが長谷高山城。 

鳥取城へ向かうルートの途中にあったため、これ幸いとばかりに登城。

現地での表記は「高山城」ですが、これはよくある名称のため、混同を避けるため多くのお城サイトでは「長谷高山城」と地名を冠して表記されています。



KDの城館探訪記
一枚目からいきなりどんな状況だと突っ込まれそうな写真です。自分もこの道は進めないのかとびっくりしました。


高山城へは中国道のガード下をくぐって進む必要があるのですが、獣害防止用の柵が設置されており、開けないと先に進めません。


ちなみに手動で簡単に開けられますが、「開けたら必ず閉めてくださいとありました。




KDの城館探訪記
柵を突破すると小さい駐車場らしきがあります。そこに設置されている案内板。

「たかやま」でなく「こうやま」と読むのですね。

高山城ふれあいの里」という公園(?)になっており、絵を見る限りは整備が行き届いているようです。

距離もそんなになさそうなので安心していざ!




KDの城館探訪記
・・・しかし入口からしてちょっと不穏な空気を感じる。

自分の第六感が警告を発しています。




KDの城館探訪記
案の定このありさま。

入口の案内図には、子どもが楽しそうに飛び跳ねる姿が描かれていたぞ。

本当にこんなところで遊べるのか・・・




KDの城館探訪記
遊歩道も何もない山道を登っていくと、またしても不穏な地形が・・・




KDの城館探訪記
大崩落!


そういえばこの時期、けっこうな大雨が続いたりしてたんだっけ。

応急処置も危険表示も何もなされていないところをみると、つい最近崩落したものらしい。



・・・まさかずっと以前からこのまま放置されているものではないと信じたい。




KDの城館探訪記
崩落地点を過ぎると、いかにも郭状の地形を目にします。

土橋を渡ると説明板が。




KDの城館探訪記
鐘搗堂(かねつきどう)があったとされるところ。


奈良時代、僧行基が諸国修行の途次、この地に来て尾根伝い北東四キロ、奥金近の高伏山に草庵を営んだと伝えられ、これが長谷寺の始まりで、最盛期には七堂伽藍が建ち並び、その参道の入り口としてここに鐘搗堂があったと言われる。




KDの城館探訪記

作用平野を一望。

早朝の朝霞が美しい。




KDの城館探訪記
ほとんど同じようなアングルですが、中国道を真下に眺める写真。




KDの城館探訪記

さて、高山城の主郭へはもう少し登らなければならないようです。

折り返して尾根道を進みます。




KDの城館探訪記
すぐ着くと甘く見ていたが、なかなかたどりつけないなあ。

入口の案内図だとほとんど距離がないように見えたのに。




KDの城館探訪記
ようやく明確な遺構が見えてきました。テンション上昇です。




つづく

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Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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