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記事一覧

野田城 ~笛の音 銃声一発~

2016.10 名古屋・大阪編新城城から野田城へ移動。 「笛の盆」の幟の立つ現地到着。二の丸跡の表示場所に説明板二つ発見。...

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第4回 清須でどうする!

松平元康(松本潤)は信長(岡田准一)が待つ尾張・清須城へ向かった。幼き頃に織田に捕らえられていた元康は、信長から再会のあいさつ代わりに相撲の相手を命ぜられる。くせ者・木下藤吉郎(ムロツヨシ)や信長の妹・市(北川景子)を紹介される中、信長から盟約を結ぶ代わりに、驚くべき条件を提示される。一方、駿府に残された元康の妻・瀬名(有村架純)は、今川氏真(溝端淳平)から元康と離縁して、側室になれと迫られる。...

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新城城 ~長篠合戦後に築かれた新城~

2016.10 名古屋・大阪編設楽原から新城市の中心部に移動。市役所そばの新城小学校がかつての新城城の跡地であるという記憶があったのでそこを目指します(よく跡地の場所の記憶が残っていたと我ながら思う)。ただスマホもタブレットもないので詳細情報がわからないのが非常に厳しい。新城市役所前の道は大手門通りという名称で、ここが城下町であった名残りを感じます(江戸期は陣屋が構えられていた)。天正3年(1575年)、長篠...

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徳川家康本陣 ~設楽原決戦・家康本陣~

2016.10 名古屋・大阪編東郷中学校のすぐ西隣、八剱神社周辺が設楽原決戦時に徳川家康が本陣を構えたところ。「家康が 本陣ここに 八剱山」...

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長篠・設楽原探訪⑤ 柳田前激戦地・復元馬防柵

設楽原決戦の舞台となった設楽原は丘陵と丘陵の間を流れる連吾川沿いに南北に広がる細長い平地で、平地といっても川沿いの土地は湿地帯や湿田であり、合戦の時期は田植え期で水が張られたうえに前日雨が降っていたため一面のぬかるみであったようです。 柳田前激戦地「ぬかるみに 馬もしりごむ 連吾川」決戦場の中でも特に激しい戦闘となった場所が、武田軍右翼(馬場信房(信春)、真田信綱・昌輝兄弟、土屋昌次ら)が猛攻した大...

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長篠・設楽原探訪④ 原昌胤・小幡信貞・甘利信康の墓

設楽原歴史資料館のある丘陵地一帯は設楽原決戦の際の武田側陣地となっていました。そしてこの周辺一帯には戦死した武田側の主だった武将の墓が随所に点在しています。長篠設楽原合戦場鳥瞰図より設楽原部分拡大...

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長篠・設楽原探訪③ 設楽原歴史資料館・信玄塚

長篠エリアから設楽原エリアへ移動。探索前の情報収集拠点として設楽原歴史資料館へ向かう。資料館に到着したところ「本日は閉館しました」の表示。無情にも閉館日だったようです。...

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第3回 三河平定戦

故郷の岡崎へ戻った松平元康(松本潤)は、打倒・信長(岡田准一)を決意するが、弱小の松平軍はまったく歯が立たない。一方、今川氏真(溝端淳平)は援軍をよこさず、本多忠勝(山田裕貴)らは、織田に寝返るべきだと言い始め、駿府に瀬名(有村架純)を残す元康は、今川を裏切れないと悩む。そんな中、伯父の水野信元(寺島進)が岡崎城にある人を連れて来る。それは16年前に生き別れた元康の母・於大(松嶋菜々子)だった。...

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長篠陣屋 ~旗本一色氏の采地陣屋~

長篠城の二の丸・糧庫跡の標柱そばに次の石碑が立っています。林藤太夫高英屋敷跡この近くに家老屋敷跡の標柱があったのでここもそのうちの一つなのかと思いましたが、ほかの標柱と作りが違う立派な石碑であったため感じるところがあり、念のため単独で写真撮影。後日確認したところ、やはりここが旗本一色氏の采地陣屋である長篠陣屋の跡地であったことが判明しました。長年城館巡りをしていると事前知識がなくとも第6感が働くこ...

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長篠城② ~長篠合戦の舞台~

長篠の戦いは、戦国時代の天正3年5月21日(1575年6月29日)、三河国長篠城(現・愛知県新城市長篠)をめぐり、3万8千人の織田信長・徳川家康連合軍と、1万5千人の武田勝頼の軍勢が戦った合戦である。決戦地が設楽原および有海原(『藩翰譜』・『信長公記』)だったため、長篠・設楽ヶ原の戦いと記す場合がある。(wiki参照・以下特別に記載のないものは同じ)本丸碑甲斐国・信濃国を領する武田氏は、永禄年間に駿河の今川氏の領国...

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長篠城① ~境目に築かれた天嶮の要害~

2016.10 名古屋・大阪編馬場美濃守信房の墓の次に訪れたのが長篠城。前回の訪問は100名城スタンプ集めの際の2008年9月(先行公開参照)なので丸8年ぶりの再訪。同じところは極力訪れない主義だが、例の事件により写真データが消滅しており今回の訪問はある意味いい機会。駐車場に車を停めるとさっそく現れるこの塁壁。一瞬で記憶が呼び起こされます。...

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2000年以降の大河ドラマで面白かった作品

タブレットを開いたらおすすめ記事としてこんなものが目に飛び込んできて、開いたら目が腐るかと思った2000年以降の「大河ドラマ」で面白かった作品ランキング! 2位『真田丸』を抑えた1位は?ライター 福島 有紀 氏まともな母集団からアンケート採ってないのが誰の目から見ても明白であり逆効果であるという(そもそも母集団が少なすぎ(n=268)ていくらでも工作できてしまう)全体の順位がどうこうではなく、この3つがトップ3...

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長篠・設楽原探訪② 馬場美濃守信房の墓

長篠城の西側500mほどのところに、武田四天王の一人・鬼美濃の名で知られる馬場美濃守信房(信春)の墓があります。新城市指定文化財 馬場美濃守信房の墓元亀4年(1573年)4月、信玄が死去すると、山県昌景と共に重臣筆頭として武田勝頼を補佐するが、山県と同じく、勝頼からは疎まれたという。天正3年(1575年)5月の長篠の戦いでは山県ら重臣と共に味方の不利を説き、撤退を進言するが聞き入れられなかった。それではと、自領...

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第2回 兎と狼

織田軍に包囲され、絶体絶命の松平元康(松本潤)。だが、なぜか織田信長(岡田准一)は兵を引く。元康は慌てて大高城を飛び出し、瀬名(有村架純)を残す駿府に帰ろうとするが、家臣団は故郷の三河に戻りたいと猛反対。元康は渋々三河へ向かうが、敵の罠にはまり、重臣の鳥居忠吉(イッセー尾形)が大けがを負うなど松平軍は壊滅状態に。何とか岡崎の大樹寺に逃げ込んだが…。...

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長篠・設楽原探訪① 鳥居強右衛門磔死跡

2016.10 名古屋・大阪編の3日目の話。この日は本来移動予備日であり、前日の大阪探訪を終え帰還するだけの予定でしたが、諸事情により新東名高速新城ICで下道に降りなければならない事態となりました。このあたりの経緯は後ほど別項にて記載しますが、結果的に予定になかった長篠・設楽原の史跡探訪をすることになります。長篠設楽原合戦場鳥瞰図(長篠設楽原PAにて)長篠部分拡大...

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清洲城 ~尾張の首府~

2016.10 名古屋・大阪編志賀城の次に向かったのが清洲城。「清洲総合福祉センター」に隣接する公園駐車場に駐車。無料です。駐車場からの城への入口。なおこの駐車場は午後5時に閉門されるとあります。現時刻は午後4:43。キビシイ時間帯です。まずは「←古城址」の表示の先へ。...

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志賀城 ~平手政秀屋敷~

2016.10 名古屋・大阪編名古屋城の北方2kmほどのところに築かれていたのが平手政秀の居城とされる志賀城。跡地は現在志賀公園となっています。公園内にある平手政秀邸址石碑と彰徳碑...

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KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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